山下和美、東京都内に数寄屋を建てることを決意する
------山下和美「数奇です」1巻を読む
(2012.3.4)
「女漫画家東京都内に数奇屋を建てる」のコピーに惹かれて買った。
より正確には、そのコピーが書かれた2巻を発見して、1巻を買った。
「天才柳沢教授の生活」などで知られる山下和美は、
たまたま同席した若手建築家から「数奇屋」の魅力を聞き、
たまたま現在住んでいる賃貸マンションに不満があったこともあり、
もともと「和」が好きだったり、そこそこ金も持ってたりしたものだから、
「数奇屋」を建てることを決意し、自ら数奇屋に見合う数奇者になることを 決意したのだった。
とはいえ、1巻終了時点では土地は決まったものの、
実は、資金計画がどうのとか、ローンがどうのとか言ってて、数奇屋は影も形もない。
頼りの若き建築家も、建築家として活躍する場面はなく、
不動産の見立てやローンの交渉役として重宝されるばかりだ。
しっかりしろよとか、冷静になれよとか言いたくなる時もあるが、
本当にしっかりしていて冷静な人なら、東京都内に数奇屋を建てようとは思うまい。
もっと自分を格好よく描く方法もあったのだろうが、
この作品では、「世間知らずの漫画バカ」というキャラを前面に押し出している。
いったい、いつになったら数奇屋が建つのだろうと心配にもなるが、
いろんなものに振り回されながらも、今の時代に数奇屋を建てようという、
まさに数奇者ぶりを、しばらくは楽しませてもらおうと思う。。
数寄屋を建てることは家をめぐる記憶の反芻でもあるらしい
------山下和美「数奇です」2巻を読む(2012.4.21)
「女漫画家東京都内に数寄屋を建てる」の2巻目。
ようやく敷地も決まり、いよいよ建築にかかる。しかし、まだまだやらなければならないことがある。
まずは設計だ。山下が子ども時代をすごした小樽の家にあった二間続きの和室を再現したい。
和室に座った時に、道路を挟んだ寺の高木を借景に眺めることができるけれど、
寺のコンクリート塀を視界に入れないような和室の位置、塀の高さを考える。
逆からの視線も生きる中庭もほしい。
設計ができれば、建築確認や景観規制等の諸手続きがある。
コストはかかるが税金が優遇される長期優良住宅にするか否か、
オール電化のエコキュートか、ガスと組み合わせたエコジョーズか、どちらも導入しないのか。
施主が決めることは山ほどある。
地鎮祭もやった。木を買いに京都にまでいった。
そして、基礎工事が始まる。
根切り、捨てコン打ち、床の鉄筋工事、立ち上がりの鉄筋工事、
床のコンクリート流し、木枠づくり、立ち上がりのコンクリート流しと進んで、 しばらく放置。
と言っているうちに、骨組み工事が始まる。
沓石と柱が完全に接着するのが不思議。尋ねると、石の凹凸にあわせて、柱をのみで彫っているのだという。
そんな驚きを繰り返しながら、もう上棟。
家とは、こんな風に建てっていくものなのかと、 素直に勉強になる。
要所に挟まれる、家をめぐる子どものころからエピソードからうかがわれるのは、
山下にとって「数寄屋を建てる」という作業が、 子どものころからの家と家族をめぐる記憶を反芻し、
再整理する作業であるらしいということだ。
しかし、まだ、前途は多難なようだ。
大工たちにさえ貴重な技術の継承だった数寄屋の完成
------山下和美「数奇です」3巻を読む(2014.7.17)
例によって、本屋で「続・数寄です!」1巻なるものを発見。なぜ、と思っていたら、3巻が出ていたのだった。
まずは新刊を探したが、最新刊でも本屋に1冊あるかないかのシリーズで、1年前に出た旧作など、なかなか見あたらない。
大阪に出たついでに、まんだらけで探してみると、ちょうど1冊売られていた。 ラッキー!
作品内時間は、ちょうど2011年3月にかかる。
マンション住まいの山下和美もさることながら、建築中の数寄屋も無事というのはさすが。
などといいつつ工事は進み、天井の網代編みに差し掛かる。
手間はかかるが貴重な経験なので、大工にとっても貴重な経験らしく、「みんな牛丼一杯で集まって来てくれました」とのこと。
今、数寄屋を建てようという山下和美の心意気に惚れたというか、それだけ貴重な経験であるらしい。
集まった大工たちが、休憩中にもつなぎ目を眺めているというのも、貴重な機会に技を盗もうということらしい。
素人ながら山下和美も、自分が技術の継承の機会を作ることができたことに感動している。
などというところに、山下和美は工事中の数寄屋に引っ越すという。税の関係がなかなか大変らしい。
それでも、何もない仕事場で仲間と車座で酒を飲んだり、
何とか出来上がっていた茶室で、集英社と講談社の編集者が抹茶を飲んでたり、それなりに祝賀モードなのだった。
人徳か。
前途多難だが皆から注目される数寄屋生活の始まり
------山下和美「続・数奇です」1巻を読む(2014.7.18)
というわけで、山下和美が建築中の数寄屋で暮らし始めた「続」の1巻である。
「女漫画家東京都内の数寄屋で暮らす」というサブタイトルのとおりに、
数寄屋に暮らす数寄者生活に入るはずだった山下和美だが、いきなり、連れてきた猫に悩まされる。
んーむ。それって、最初に考えておくべきことじゃないの?
一応、なんとか共存の道をたどっているようだけれど。
それでも、いざ数寄屋で暮らし始めると、皆が(数寄屋を見たことのないような若い人も)「どこか懐かしい」と言ってくれる。
小学生のファンまでいるらしい。 ここまでくれば、数寄屋を建てたかいもあるというものだ。
あとは、山下和美自身が数寄屋にふさわしい数寄者になれるかということなのだが、
とりあえず、表装教室に活路を見出し始めたらしい。
さあ、どうなる。続きは二巻で。
それにしても、「この巻からもでも楽しめます」の腰巻が、
大人の事情をよく理解した上でも、やや痛々しいのではあるが。
パーカーを着てマンガを描き続ける山下和美の数寄者生活
------山下和美「続・数奇です」2巻を読む(2017.4.29)
本当に「数寄屋造り」の家を建ててしまった山下和美による数寄者(を目指す)生活マンガの最終巻である。
前の巻の終りで表装教室にも通いだしたし、 その後、どうなるかというところだったのだが、
新しい連載が始まったこともあって、1年間の休載。
連載再開の一回目は、マンガ家生活が忙しくて数寄者生活どころではない、 という報告から始まった。
もとより、身辺雑記のエッセイは、セミリタイア後の仕事という側面もある。
「数奇です」ファンとしては少し残念だが、山下和美が現役のマンガ家として活躍しているのは喜ばしいことだ。
そんなわけで、この巻は、山下和美の近況というよりも、数寄屋を設計した建築家の蔵田さんが数寄屋づくりの専門家として独立
し、
六本木ヒルズに能の組立舞台を建てたり、江の島の奉安殿を改修した話や、
「いずれ描く」と書いたきり、そのままになっていた 山下の父が、82歳にして家を新築した話などが描かれている。
表装教室については、モノづくりの仕事が山下になじむのか、今も、楽しみながら続けているようだ。
山下自身は「数寄者になれませんでした」と悔やんでいるけれど、
はた目には、なかなかの数寄者生活を送っているように感じられたのだった。
たとえ、日常生活の大部分が、パーカーを着てマンカを描き続けるだけの生活であったとしても。
|