「読ませる」美術全集の心地よさ

                                ――― 「週刊美術館」を読む(2000.4.9)

2000年の節目を記念するように、この年明けか ら二種類の美術をテーマとする週刊ムック(という言葉は健在なのだろうか)が創刊されました。
一つが講談社発行「週刊世界の美術館」、もう一つが小学館発行「週刊美術館」です。

「週刊世界の美術館」が本当に「美術館」ごとの編集で あるのに対して、「週刊美術館」は作家ごとに編集されています。
つまり、「世界の・・・」が海外旅行で美術館めぐりをすることを趣味にしている人々のための追体験的ガイドマップという、
ある意味で絶妙なスキマをねらっているのに対して、「週刊美術館」は本格的な「美術全集」と真正面から対抗するような編集をしています。
そして、なんとなく定期購読の申し込みをしてしまったこの「週刊美術館」が、なかなかよく出来たものだったのです。

もちろん、一巻数千円はあたりまえな美術全 集と一号500円の週刊誌を正面から比べるわけにはいきません。
それでも、1970年代に出版されている「新潮美術文庫」が手軽な美術全集としてすでに評価されているところへ、
正面から切り込むのですからかなりの冒険です。
それでも、この冒険が成功しているのではないかと思わせるのは、
新潮版がまさに「美術文庫」であるのに対して、小学館版は「週刊」誌であるというところにあります。

例えば「美術文庫」は、30数点の図版と図 版ごとにつけられた200字程度の解説、
10数ページに及ぶ美術評論家(高階秀爾とかの)の論評、8ページの年表、というまさに小さな美術全集という構成です。(版型はB6の変形)
 
図版は年代順に並べられ、その解説をたんねんに読めばその作家の生涯を一応たどれるようになっているものの、
むしろ、よく分かっている人のための覚え書きに近いレベルにとどめられていました。


それに対して、「週刊美術館」はA5を横に広げた大きなサイズではあるものの、わずか30数ページに大小50点もの図版が入っています。
まず、600字程度の巻頭言があります。二人の作家が取り上げている巻では、なぜこの二人の作家を並べているかを明確に宣言します。
200字程度の作家紹介には生没年に元号や「江戸末期」というおおまかな時代区分も入っています。
「西洋美術史」という立場にたてば、西暦はともかく、
その作家が明治何年に生まれ昭和何年に亡くなったかということは直接必要のないものかもしれません。
現存作家も含めて現代作家も含まれているせいでもあるでしょう。
むしろ、そんな方法を使ってでも、読む側に少しでも身近な存在として描こうという考え方にたっているように感じられます。

そして、写真 や自画像による作家の肖像のページをめくると、おなじみの名画が目にとびこんできます。
「名作を楽しむ」と題された1ページ大の図版には400字ほどの解説がつけられ、
作品が作り出された背景にとどまらず、筆致、構成といった技術的な側面や作品の解釈などにも踏み込んでいます。

それに続くいくつかのエッセイは、その作家 のカギとなる部分に焦点をあて、
多くの小さな図版を使いながら、さまざまな方面からその作家を理解させようとします。
周辺情報も豊富で、取り上げられた作家と交流のあった作家の図版や関連する風景写真なども挿入され、
その作家とともに彼らが生きた時代さえも感じられるようになっています。
全集につきものの年表は節目を押さえただけにとどめ、それに代わる伝記が事実の羅列ではなく「物語」として用意され、
「読ませる」そして「読みやすい」美術全集となっています。

つまり、いわゆる美術全集(新潮美術文庫も 含めて)が受け手の自由な解釈をできるだけそこなわないように、
署名のある評論を除いて作家論や作品論を避けているのに対して、
このシリーズは一冊読むだけで素人でも取り上げられた作家を理解できるようなケレン味にあふれているのです。
表紙に巻ごとにつけられている<光輝く「私」を求める(ゴッホ)、窓辺の光に誘われて(フェルメール)、線が踊り、
線が歌う(ミュシャ/ビアズリー)>というようなキャッチフレーズが、そのまま一冊になっているようでもあります。

こうした週刊誌的わかりやすさを「明快」と いうべきなのか「決め付け」というべきなのかむつかしいところですが、
私のような専門的教育を受けていない美術ファンにとっては、ちょうど良いレベルの情報源となりそうです。

残念なことは、より多くの作家を収録しよう としたのか、個人よりも時代を捉えようとしたためか、
一巻で二人の作家を捉えている巻が多すぎるのが難。
できれば、ミロやダリは一巻まるごとでとりあげてもらいたかったのですが、
その分、クリムト、ミュシャ、デュシャンなどかつては主流とされなかった作家や、
戦後に活躍したウォホール、ホックニー、ポロックなどが取り上げられているのだから、よしとするべきかもしれません。

もっとも、一週に 一冊読み込むことが出来なくて、未読がずいぶんたまってしまっているのですが。  
   

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