少女マンガのSFとファンタジーならば、私たちに語らせてほしい
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「少女マンガの宇宙 SF&ファンタジ-1970−80年代」を読む(2017.5.28)
「少女マンガの宇宙 SF&ファンタジー」というタイトルを初めて聞いたとき、
かつて新書館から発行されていたペーパームーンのムックを思い出した。
ひょっとして復刻なのかと思ったほどだ。「1970−80年代」とあるからなおさらだ。
1970-80年代は、少女マンガにおいてSFやファンタジーの名作が多く生まれ、
SFファンからの注目も集める形で、少女マンガの地位が向上していった時代でもある。
そんな1970−80年代の少女マンガがSFとファンタジーを通じて、何を表現し何を伝えようしていたのかを紹介したのが、本書である。
「はじめに」から、一部を引用しよう。
「あの頃の少女マンガ家たちが読者と共有したかったのは
<”イマジネイション”の世界では 好きなものを好きと好きなだけ言っていい> たったそれだけのメッセージ
まるで宇宙の大海原に ビンに詰めた手紙を流すように そっと誰かに届いてほしいと それだけの気持であったのかもしれません」(p2-3)
そんな思いを込めた、当時の少女マンガ作品の到達点を示すかのように、萩尾望都の短編「ユニコーンの夢」が再録されている。
続いて、多くのSF&ファンタジー作品を紡ぎ出した作家として紹介されたのは、
青池保子、木原敏恵、竹宮惠子、萩尾望都、山岸涼子、大島弓子の6人。
いずれも少女マンガの大家だが作品の図版などを使いながらSF&ファンタジーに絞った形で作品を紹介し、その世界観を解説していく。
少女マンガにおけるSF&ファンタジーの全体像については、「1950〜60年代月刊誌の時代」を前史に置きつつ、
「少女フレンド」「週刊マーガレット」「りぼん・りぼんコミック」 「別冊マーガレット」「少女コミック」「花とゆめ・ララ」
「プリンセス系」 「リボン派生誌系」「プチフラワー・デュオ・グレープフルーツ・ウィングス」 と雑誌別に振り返っているのも独特だ。
それぞれの雑誌に歴史があるので、雑誌ごとに振り返るのはわかりやすく効果的だ。
しかし、その分、個々の作家や作品に関する情報だけではなく、雑誌全体のカラーや当時の気分のようなものをきちんと把握していないと、
とても出来そうにない技でもある。
その後に並んだ40ページにも及ぶハヤカワ文庫のカバーイラスト群も圧巻で、
フルカラーであるうえ、各作品の紹介も付けられた労作である。 (いささか分量が多いとも感じたが、自分が一冊も読んでいないからなのだろう。)
編集は、萩尾望都を中心にネット上で少女マンガ研究を続けている「図書の家」である。
もともとはファンとしての活動を続けていたが、近年は、萩尾望都の対談集への資料提供・図版解説・編集協力をはじめとして、
大島弓子、坂田靖子、三原順などの特集本の企画や編集などの「お仕事」もしている。
まさに、1970-80年代の少女マンガのことを「わかっている」「使える」人たちだ。
本書を通じて強く感じたのは、「図書の家」の人たちの強い意志だ。あるいは、自ら発言しようという意欲と言ってもよいかもしれない。
これまで手掛けてきたいわゆる作家本では、それぞれの作家ごとの評価が定まっており、
編集に携わるといっても間違いなく伝えるという方向に注意が向かい、センスの良さは感じられても思いを伝えるというような文章ではなかった。
一方、「1970-80年代のSF&ファンタジー」というくくりなら対象となる分野が広いので、論点を立てて整理をするだけでも自由度が高い。
立ち返れば、1970-80年代のSF&ファンタジーを代表する6人についても、けっして選定基準に異論があるわけではないが、
少し視点を変えれば、6人のうちの何人かが入れ替わっていても驚かない。
つまり、それだけ「図書の家」の考え方や意志が強く現れた人選であるということだ。
そのことは、 6人の少女マンガたちを紹介する前に置かれた次の口上からも見て取ることができる。
「それは、「事件」だったと、私たちは振り返ります
けれど実際いつどこで「事件」は起きていたのでしょうか?
誰もはっきりとは答えられない問いかけだけが残されて
それでも”何か”はあったのでしょう これだけの人が口々に言うのですから
SF ファンタジー 恋だってめくるめく未知との遭遇」(p38)
この本は、1970-80年代に熱烈な少女マンガ読者であり、新しく登場したSFやファンタジー作品を強く支持していた「私たち」、
そんな「図書の家」の人たちが「事件」と受け止めたものの正体について 自ら探ろうとしている本なのである。
米沢嘉博の「戦後少女マンガ史」「戦後SFマンガ史」から10年。
少女マンガのSFやファンタジーならば、私たちに語らせてほしい。そんな「図書の家」の人たちの意気込みが伝わってきたようでもある。
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