「あやしさ」さえ感じさせるほどの「明解さ」―――小川和志 「よい評価の取り方ガイド」を読む(2002.3.21)学生時代の友人でもある小川和志の著作
「よい評価の取り方ガイド」を読みました。
このタイトルだけを見ても、私には何のことかピンときませんでした。 「よい評価を取る」という意味がよくわからなかっかったのです。ポイントは、副題の「タイプ別目標管理攻略法」でした。 どうやら多くの企業で「目標管理」という人事管理システムが普及しており、 多くのサラリーマンにとっては「目標管理」で「よい評価をとる」ことが必要とされているらしいのです。 「目標管理」とは一口で言うと、自分で(上司と相談のうえ)自分の目標を設定し、 一年間(を基本とする目標遂行期間)が経過すると、自分で(上司とともに)評価する、ということにあります。 自分でたてた目標だから達成にむけて頑張るだろう、 自分で評価するから自分で納得できるし、達成した時の喜びも大きいだろう、というカラクリですね。 という要約だけでも、本当に言葉どおりにうまくいくのか、 理屈はいいけど会社の方がちゃんと理解した上で運用してくれるのか、という指摘はあるでしょう。 むしろ、そんな指摘を前提にしたのが、この本なのです。 ドラッカーが1954年に提唱して以来、この目標管理は日本企業によってさまざまな形で誤読されてきました。 その誤読の歴史的な経過をたどりつつ、誤読は誤読として受け入れた上で、 より実践的な「よい評価の取り方」を探ろうというわけです。 目標管理は、これまで三度にわたってブームがあったといいます。 1960年代の高度成長期のほうっておいても「業績向上」が得られた見よう見まねの時期、 1980年代の石油ショック以後の低成長下での終身雇用を維持するための「人材育成」の時期、 そして、1995年以降のバブルが崩壊して目先の利益を追求しなければ会社がもたなくなった「成果主義」の時期です。 著者は、この三つのパターンを企業にとっての目標管理の三つの「効果」と置き直します。 「業績向上」「人材育成」「評価の納得性」です。(1) そして、この三つの効果の取り入れ方によって、企業における目標管理のタイプを八つに分けます。 三つの次元での<YES/NO>で2の3乗というか、本書のように三つの輪の集合で分類する方がわかりやすいかもしれませんが、 ともかく八つのタイプに分かれます。(ネーミングもなかなかです。) 1.体裁タイプ (すべてNO) 2.参加すること意義タイプ (人材育成のみYES) 3.夏休みの宿題タイプ (人材育成と業績向上がYES) 4.作戦立案タイプ (すべてYES) 5.努力の跡タイプ (人材育成と評価の納得性がYES) 6.裏付け理由タイプ (評価の納得性のみYES) 7.自分でノルマタイプ (評価の納得性と業績向上がYES) 8.押し付けノルマタイプ (業績向上のみYES) さらに、この分析のユニークなところは、この三つの次元からなる八つのタイプを 「社員の融通のききにくさ」という別の次元のもとで、(上記の)一列に並べてしまったことです。 これは、もうお見事と言ってしまいましょう。あまりにも明解です。 むしろ、明解すぎて「ホントかあ?」と思ってしまいます。 あまたある会社の様々な目標管理のパターンが、本当に三つのベクトルによる八つのパターンにおさまってしまい、 さらに別のベクトルのもとで一列にならんでしまうものなのか。 わかりやすさを心がけて書いてあるにしても、そのわかりやすさがかえってあやしく見えてしまうのです。 しかしながら、実際に人事コンサルタントとしていろいろな会社に出入りしている経験に基づくからでしょうか、 後半ではそんな疑問を超越してしまうような力技で読者を納得させる「攻略法」を見せてくれます。 まず、それぞれのタイプごとに社内にありがちな目標管理をめぐる会話の「シーン」がイラスト付きで紹介されます。 これが実によくできています。「体裁タイプ」はいかにも体裁だけのやる気のない会話となり、 「作戦立案タイプ」では有能な上司と部下が目標設定から具体的な作戦までをコンパクトに練り上げていきます。 「押し付けノルマ」に至っては本人の意志や意欲とは無関係に問答無用で目標が決定されます。 謎の若手女性職員「なっちゃん」は、今日もそれぞれの会社で元気に働いていることでしょう。 これらの会話は短いながらも要所をおさえたもので、しかも楽しく読めるのです。 書いた当の本人が校正のたびに読みながら笑っていたというほどですから、著者のわかりやすく伝える技術が存分に活かされています。 これも著者自身から聞いたことなのですが、会話シーンはどのタイプもすらすら書けたとのことでした。 それは、それぞれのタイプの持つイメージが著者の中ではっきり出来上がっていて、全く迷うところがなかったということなのでしょう。 こうした具体的なイメージを伴った確信(と、そこからくる文章の面白さ)によって、前段のあやしい印象がずいぶん緩和されます。 考えてみれば、この本は精緻な理論が必要とされる学術書ではなく、楽しく読めてちょっと役立つことかあればよい実用書なのです。 「ホントかあ?」は、「そんなんも、ありそうやなあ」に印象が変わり、 さらには「この際、楽しませてもらおうやないか」というスタンスに変化していくのです。 後に続く、タイプごとの「特徴」、そのタイプがありがちな会社の 「社員全般・人事制度・業界・経営者・業務遂行のスタイル・人事スタッフ」という分析が、それぞれの会話のシーンを裏付ていきます。 それらを見ていると、会社というものには本当にいろいろなタイプがあることを思い知らされます。 やっていることが全然違うのに、それぞれの会社なりに 「年功序列」や「信賞必罰」という社会の常識を守っているところも、なかなか新鮮でした。 さらに、それぞれのタイプ別、場面別での攻略法がつづくのですが、それらは意外と正攻法で、あまり奇をてらったところはありません。 このため、実際に「攻略法」として役立てるには、すでにわかりきっている常識的なものになっているのでは、とも見えました。 しかしながら、八つのタイプにそれぞれ八つの正攻法(と思わせてしまう攻略法)があるわけで、 それぞれの違いが筆者の分析の正しさであろうし、正攻法こそが最良の方法であるという著者のメッセージであるのかもしれません。 むしろ、他の会社のタイプとの比較をしながら、自分の会社が相対的にどんな位置にあるのか、 あるいは「わが社」の常識がどれくらい世間の非常識なのかを理解する手助けになっているように思います。 ただし、「よい評価の取り方ガイド」というタイトルは、どうだったのでしょうか。 「私は、こんな本まで買って出世したいのです」というメッセージがこびりついた本を買うのは、ちょっと勇気がいりました。 むしろ、「人事コンサルタントが見た、あなたの会社タイプ別徹底分析」くらいの方が、買いやすかったように思います。 文章の間に挟まれていた五つのコラムも異色で、 「男寄り社会」の是正、「経済の世紀」から「環境の世紀」へなどというテーマが扱われており、 いわゆる会社主義で出世を目指すという生き方とは違う視点を提示しています。 <「よい評価の取り方ガイド」だと思わなければ、楽しく読める一冊>というのは、はたして誉めているのか、どうなのか。 (1) 「成果主義」がいつのまにか「評価の納得性」に置き換わっていますが、ここでは歴史的経過との関連性よりも実際の企業における目標管理の柱が 何であるかの方が重要なので、これ以上の批判はよしと しましょう。強いて言えば、自分の「業績」や「成果」が直接「年俸」という形に現われるならば、 本人もその評価に納得できるという面はあるかもしれま せん。 |