契約に縛られる疲れた大人になっていたエドガー

                                        ――――萩尾望都「春の夢」を読む(2017.7.22)


さて、何から始めようか。
「エディス」の連載が1976年というから、実に40年ぶりの「ポーの一族」だ。
そもそも、40年以上も描き続けている萩尾望都が何よりも稀有な存在であるが、
「ポーの続きは、どうなったの」と40年間も待ち続けていたファンもたいしたものだ。

「春の夢」というタイトルは、シューベルトの歌曲からきたもの。
本作のヒロイン・ブランカの歌声で紹介される「春の夢」の歌詞は、
幸せな春の季節を夢見ている冬の季節に暮らしている者のものだ。

時代は、1944年。エドガーは、ウェールズのとある街中で少女・ブランカと出会う。
ユダヤ系の彼女は、弟・ノアとともにドイツからイギリスに逃れてきたのだ。

ブランカを平気で自宅に招き入れるエドガーに、アランは不満げだ。
そういえば、かつて不用意に女の子を口説くのはアランの役割だったし、エドガーはそれをたしなめる側だったはずだ。

弟と二人だけという境遇に共感したのだろうか。あるいは、最愛の妹だったメリーベルに近いものを感じたのだろうか。
さっそく察知したアランは、自分が捨てられるのではないかと不安になっている。

その後は、裏設定のようなポーの歴史が次々と明らかにされる。
なぜ、ポーの村が生まれたのか。
なぜ、大老ポーたちはスコッティの村で暮らしていたのか。
なぜ、ボーツネル男爵一家は旅を続けていたのか。
なぜ、エドガーとアランは、ポーの村に戻らないのか。

そして、エドガーとアランは何百年も一緒にいるはずなのに、
なぜ、アランはときどき寂し気に拗ねたようなそぶりを見せるのか。

40年前の「ポーの一族」において中心に置かれていたのは、「大人たち」には理解してもらえない「少年エドガー」の孤独だった。
それは、まだ10代だった読者から強い共感を呼んだ。

「春の夢」のエドガーは、ポーの大人たちと結んだ契約をこなしながら、
パートナーであり、扶養家族に近いアランのことを気にかけながら生活している。
それは、それなりに年齢を重ねてきた読者たちの思いと重なるようでもある。

そして、そんな中、鮮やかな印象を残したのが、少女ブランカだ。
両親が消息不明で、頼りの伯父も亡くなってしまい、最愛の弟まで自分の目の前で川に流されてしまったとなると、
つい、この世を儚みそうにもなっても不思議はない。

ところが、この世ならぬ者の姿だったとはいえ、ブランカはエドガーを拒絶する。
けっして、エドガーがブランカを襲おうとしたわけではないのに。
むしろ、ブランカは、エドガーにほのかな恋心さえ抱いていたというのに。

唯一、思い当たるのは、伯母からもらったスミレの刺繍の下着だ。
確かに、それを身につけた途端、ブランカは自分を肯定できるようになり、
「春の夢」を見る権利を得たかのように妙に明るくなっていった。

それゆえ、ブランカは生命ある者として、エドガーを拒否し、
暴漢にブラジャーを奪われたまま、それが生命ある者の象徴であるかのように、
胸をあらわにし股間を無防備に広げたまま落下していった。

結局、ブランカを預けることとなった「ポーじゃない一族」のファルカや、
ただのワガママおばさんと化したポーの村を統治していたはずのクロエと、
ブランカの悲しみの物語以上に、いろんなことがおいてきぼりのままの終幕となった。

挟み込まれた案内には、2018年春「待望の新作登場」とある。
どうやら、また新しいポーの一族が始まったようだ。



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