抜群のデッサン力に裏打ちされた画面を埋め尽くしたい衝動 ――――国立新美術館「草間彌生 わが永遠の魂」を見る(2017.6.20)「草間彌生 わが永遠の魂」展は、2017年2月22日から5月22日にかけて、国立新美術館開館10周年記念展として開催された。 現代美術の、しかも相当にクセのある作家ということもあって、 それほどの人出ではないだろうとタカをくくっていたが、 全国巡回のない特別展ということもあって、切符売り場に大行列ができるほど。 東洋系、西洋系を問わず、外国人らしい観客も多い。 今にして思えば、草間彌生は日本を代表する国際作家であったのだ。 入場すると、まず、幅6mはあろうかという巨大な壁面に富士山が描かれている。 手前に海の青と大地の緑、背景に空の青と橙の太陽が描かれる中、 白い雪を冠した橙色の富士山が雄大に広がっている。 溶岩なのだろうか、山頂から山腹に向けて太い赤い線が広がっている。 緑の大地には、横に長い葉のような形の中心に点が置かれた形で埋めつくされており、 どうやら人の目、他者の視線を象徴しているようだ。 大きさといい、テーマといい、風呂屋のペンキ絵を思い出させるが、そんな心穏やかなものでは決してなく、 富士山は、市井に暮らす他者の容赦ない視線を突き抜けるかのように今もマグマを噴き出しながら成長しており、 おそらくは、草間彌生の自己イメージなのだろう。 この作品は、「生命は限りもなく、宇宙に燃え上がって行く時」と題されており、 2014年というから、1929年(昭和4)生まれの草間が85歳の時に制作されたものだ。 それを通り抜けると、大きな広間のような展示室に100号から120号の真四角の作品が、大量に二段掛けになっていた。 この「わが永遠の魂」と題された連作には、133番までの番号が振られている。 作品の多くは、赤い三角や青い波打つ突起などで縁取りされ、 縁取りされた中の空間は、さまざまな形象・非形象の様々なものとともに、しばしば例の目のような形で埋め尽くされている。 しかも、そんな連作を作り始めたのが2009年のことであり、わずか8年で130作もの作品を仕上げていることとなる。 80歳を越えての20日に一作というペースには、本当に驚かされる。 という近作の大部屋を取り囲むように小さな展示室が並んでおり、 10歳のころの鉛筆での落書き(すでに、画面は小さな○で覆われている)に始まり、 10代にしては本格的かつ非常にデッサン力に優れた日本画、 20代前半の油彩画やパステル画といった初期作品が並べられる。 油彩画やパステル画は達者ではあるけれど、クレー風だったりエルンスト風だったりミロめいたものがあったり、 有名作家の作風を取り込む技の見事さはあるものの、どこか借り物感もあった。 続いて並ぶのは、転機となったニューヨーク時代の作品で、 30歳で描いたネットペインティング作品が高く評価されたとされる。 1958年から59年にかけて制作された最初の連作は、 灰色の巨大な画面を、白で丹念に描き込まれた小さな網目模様で覆い尽くした作品で、 抽象表現主義の時代にあって「ミニマリズムの傾向に近い」と説明されている。 とはいうものの、素人の感想の域を出ないのだが、ミニマルアートというと、どこか取り澄ましたような印象なのに対し、 草間作品は、色合いこそ静かではあるけれど、巨大な画面を網目模様で埋め尽くさねば気が済まないかのように、 気力・体力の続く限り描き続けたという点では、抽象表現主義的な作品と感じられた。 その後も、部屋中の机や椅子や床から男性器のようなものが生えている(としか見えない)インスタレーションや、 草間自身が自らの作品とともに(時に裸になって)登場する写真作品や映像作品など、 なにものかで画面や空間を埋め尽くすことで、ようやく心の平安を得られる草間の静かな叫びのような作品群が続く。 1973年の帰国後は、再び黒を基調にした幻想的な作品やアメリカ時代を反芻するような作品になるが、 そんな中で登場するのが、あの黄色と黒の「かぼちゃ」である。 直島などに設置された野外彫刻で知られているが、 1992年の「黄樹」から始まる 黒の画面を黄色の丸やそれを歪めた楕円で埋め尽くすシリーズの発展形である。 平面の「かぼちゃ」も展示されていたのだが、気持ち悪いほどに動きや立体感がある。 それは、草間が少女時代から身につけていた抜群のデッサン力に基づき、 アメリカで培った現代美術のセンスで生み出された、さらに言えば商業的にも魅惑的な絶妙の一点だった。 そんな草間彌生の仕事を回顧しているうちに、また最初の大広間に戻ってきた。 そこには、草間彌生の現在があった。草間彌生は、まだ前に進もうとしている。すべてに圧倒された。 図録を購入するのに、1時間以上並ぶこととなった。 それさえも十分に納得できた。
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