小長井信昌さん、あなたは偉大です。
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小長井信昌「わたしの少女マンガ史―別マから花ゆめ、LaLaへ」を読む(2011.9.24)
「誰が24年組なのか」という定義は人によって異なる。
萩尾望都・大島弓子・竹宮恵子などコアなメンバーについては異論はないだろうが、
それ以外のメンバーについては論者の数だけ定義があるといってよい。
中には、当時、自分が好きだった作家を全部「24年組」にしているような人もいそうだ。
しかし、私的には「24年組」については比較的狭く、いわゆる小学館系の作家のことにしたいと考えている。
というのも、山岸涼子などの集英社系の作家を24年組に含めてしまうと、
当時の少女まんがを語る上では欠かすことができない大切な「もう一つの流れ」である
「小長井信昌組」とでも呼ぶべき作家群が見えにくくなってしまうからである。
小長井信昌は、集英社に入社し、後に白泉社に移ったマンガ編集者である。
集英社では「別マ黄金時代」(と私が勝手に呼んでいる時代)に編集長を勤め、
集英社の子会社として白泉社が設立されるや編集担当として白泉社に転じ、
「花とゆめ」や「LaLa」などの編集長を経て、白泉社の社長まで勤めている。
すなわち、美内すずえ、和田慎二、木原敏江、山田ミネコ、魔夜峰央、三原順らの
別冊マーガレットでデビューし、後に白泉社で活躍した漫画家たちや、
森川久美、坂田靖子、成田美名子、酒井美羽、篠有紀子らの初期の白泉社でデビューした漫画家たちを見出し、
人気漫画家に育てあげたのが「編集者・小長井信昌」なのである。
この本は、「24年組」と同じ時期だが別の場所で、もう一つの少女まんがの流れを作った
小長井信昌の50年近い編集者人生を、自ら回顧しているものである。
編集者・小長井信昌の信念は、「マンガはおもしろくなくてはいけない」というものだ。
しかし、このことは当たり前のように見えて、実は難しい。
「おもし
ろいマンガ」を作るためには、まず「描き手」(という言葉を、小長井信昌は好んで使う。)を集めねばならないし、
その「描き手」が「おもしろいマンガ」を描けるようにしなければならない。
「おもしろいマンガ」が載る雑誌が必ず売れるというものではないのかもしれないが、
「おもしろいマンガ」の載らない雑誌にはチャンスはまわってこない。
だから、編集者は「おもしろいマンガ」を作るための努力を惜しんではならない。
そんな編集者精神、編集者哲学のようなものが、全編に盛り込まれている。
例えば、(当時、まだ「週マ」の二軍だった)「別マ」に即戦力となるマンガ家を集めるために、
木内千鶴子、浦野千賀子、本村三代子ら、当時の貸本マンガの描き手をスカウトした。
あわせて、新しい描き手を求めて(漫画雑誌としては初めて)マンガスクールを作った。
こういう話は、当時の編集者ならではの生の話で、貴重な証言だ。
貸本系の描き手だった矢代まさこについては、「私は好きで、魅力もあったのだが」とした上で、
「大きな人気が出せなかったのは、私の力不足であった」とコメントしている。
これが編集者の視点なのかと開眼される思いだ。
「花とゆめ」が月刊から月2回刊となる際のエピソードも、 小長井の「おもしろいマンガ」路線を理解する良い例だ。
低年齢層向けだった当時の「花とゆめ」は上層部の指示により月2回刊となるが、月2回刊で読者を集めるには、まだ力不足だった。
そこで、不振を挽回するため、「怪奇とロマン ゴシックシリーズ」という企画を立ち上げ、
水野英子、木原敏江、竹宮恵子、萩尾望都、忠津陽子、山田ミネコ、三原順らという豪華なメンバーの作品が載ったが、
それでも部数を押し上げるには至らなかった。
そこで、小長井が下した判断は、「花とゆめ」に足りないのは雑誌の顔となる「超娯楽巨編」だというものだ。
小長井は、まだ別マにいた美内すずえと和田慎二をくどきおとし、「ガラスの仮面」、「スケバン刑事」の連載を始めることに成功する。
まだ新進の出版社であった白泉社として誠意を尽くすために、
小長井は本人の了承だけではなく、二人の郷里まで行き、家族にまで挨拶をしたほどだという。
したがって、小長井信昌の「24年組」に対する評価は必ずしも高くない。
もちろん「24年組」の功績を十分に認めてはいるものの、
それだけがマンガの領域を広げたのでもなければ、「おもしろいマンガ」なのではないという自負心があるからだ。
名前は明かされていないが 「24年組のニューウェイブと比べて、自分の娯楽本位の作風がいやになった」と、
人気も実績もあるマンガ家が筆を折ったという事例も紹介されており、そんな事情がことさらに憤りを強めているのかもしれない。
巻末には、小長井信昌が白泉社の社長になった1991年に、
「別マ・花ゆめ・LaLa合同同窓会」という名で開催された社長就任のお祝いパーティーで、マンガ家たちが作った小冊子の一部を再録してある。
(こんな企画がなされることからも、小長井がいかにマンガ家たちから愛されていたことかわかる。)
再録されている16名のマンガ家の言葉とカットからは、編集者・小長井信昌とそれぞれのマンガ家たちが築きあげた、
少女マンガにとって良き時代のマンガ家と編集者の良き関係がしっかりと描かれている。
そして、そのメンバーの豪華さからは小長井信昌という編集者がいたおかげで、
私たちがどれほどに幸せな少女マンガ読者でいられたのかを改めて感じさせてくれる。
もし、今、私が小長井信昌に対して、何か語るとすれば、次の一言しかないだろう。
小長井信昌さん、あなたは偉大です。
西田書店サイト内「わたしの少女マンガ史」紹介ページ
2012年文化庁メディア芸術祭功労賞「小長井信昌」ページ
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