手玉に取られる、という快感
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「神谷徹の不思議なストロー音楽会」をみる(2000.10.1)
わかっていても楽しめてしまえる芸というものがあります。古典落語の名人芸のような、とでも申し
ましょうか。
先日、西宮市立中央公民館の新築移転記念コンサートにゲスト出演していた神谷徹のストロー演奏会は、
そんな完成度をもった、それでいてユニークな、本当になんとも不思議な音楽会でした。
舞台上には、長机二台の上に色とりどりの「何か」がところせましと並べられています。
舞台に登場した神谷はその一つを手に取ると、リコーダーのように吹き始めます。
草笛とチャルメラの間のような音の「おもちゃのチャチャチャ」がホールに響きます。
オバチャンの「イヤッ」という声は、「感動する」というより「あっけにとられる」という反応でしょうか。
休憩前まで演奏していたオーケストラの団員は、「ほんまにストロー吹いてるよ」と仲間を呼びに飛び出します。
神谷徹は、おそらく世界で唯一のストロー奏者です。もともとリコーダー奏者ですから、
喫茶店で戯れにストローを吹いて音を出すというくらいは、なんとでもなるのかもしれません。
「でも、他の人は30分で飽きたけど、私だけは18年もやっている」というので、たぶん世界で一人です。
海外でも演奏活動をしながら「昨日は幼稚園でした」という気安さは、
たとえ「世界で唯一」でもたかが「ストロー」というよい意味でのアンバランスさと、
それをストレートに面白がってしまう関西人特有のサービス精神からきているのでしょう。
原理は簡単。ストローの端をしごいてつぶし、両端を5mmほどはさみで切ってリードにす
る。
リコーダーのように指穴を開けて、ポイントは「まさかそれほど強くは吹かないだろうというくらい」思い切り吹くこと、だそうです。
一回演奏するたびに頭がくらくらするので、「楽しいことは一つもない」とのこと。
次に、やや長めのストローを手に取ると、
自分でつなぎ方も考えたとか、楽器は大きくなると音が低くなるとかいいつつ「五木の子守唄」を吹きます。
響きは、ファゴットに近いような、鈍い太いものでした。
「落としてもこわれない、こわれても原価はしれてる」とか、
二つのストローを両手に持って「ソプラノ・ストロー」、「アルト・ストロー」などとさんざんと遊んだりして、
さらに長いものを作るともっと音が低くなるんですよ、と曲がるストローをつないで
(指穴が届かないので)フレンチ・ホルンのような形にしたストローまで登場するころには、
観客は完全に神谷の手の内でころがされているのでした。
また、例えばこんなことができます、と二本のリコーダーを一度に吹いてみせます。
ソプラノ・リコーダーの「ちょうちょ」のメロディにあわせて、アルト・リコーダーで伴奏を吹いてみせた後で、
「これをストローでやってみようと思いまして」と二本のストローが横に並んだ楽器を取り出しました。
「キラキラ星」の曲紹介をしたとたんに会場がざわめいたのは、その楽器の先が色とりどりのストローの星になっていたからです。
「指穴が足りないので、楽器ごとに曲が決まっています。これはキラキラ星専用ストロー」と説明をしま
す。
二重奏ができたならば三重奏と赤、黄、緑のストローが美しい「もみじ専用ストロー」。
さらに、四重奏の「ハッピー・バースデイ専用ストロー」も登場します。
「一本でも相当大変なので、三本にもなると「あ、あ、きの、ゆ、う、う、う、ひ、い、い、い、に」という感じなんですよ。」
なるほど、なるほど。
さきほどの「ちょうちょ」をストローでやってみます、と演奏を始めると、
今度はストローの先でちょうちょのようなものがひらひらと揺れます。
ここからは、動くストローシリーズです。
ストローの上で竹とんぼがまわる「赤とんぼ」。
頭の上で蜂のようなものが回転する「ブンブンブン」。
そして、圧巻は、「去年の新作」という「ぞうさん」。
曲がるストローをつかってしなやかなカーブを描いているそのストローは、
演奏するたびに象の鼻のように持ち上がり、ゆうらりと動くのでありました。
もう、このあたりになると、次々と飛び出すユニークな(仕掛けのある)楽器の数々に、ただ圧倒される
ばかりになっています。
なぜかカエルの声らしき音がする「カエルの歌」、シングル・リードで虫の声がする「虫の声」、
水をいれた鳥笛をを仕込んだ「ことりの唄」、独自に開発したシャボン玉発生器のついた「シャボン玉」。
さらに、吹きつづけるとマジックハンド状のストローが伸びて星型ができる(桜が咲くイメージらしい)
「さくら さくら」。
吹くことで旗が揚がっていく楽器(外国では国歌を演奏しつつ国旗を揚げるそうな)も登場します。
楽器だけではありません。
吹くとカウントダウンの電光掲示板のように、数字が表示される作品(もう、楽器ではなく、「作品」としか言いようがない)。
折りたたみ式の譜面台をストローで忠実に再現した作品。
「思わず愛してしまいたくなりますねぇ。紙一枚置いても転げるから、愛でることしかできない。」というコメントが、
神谷のストロー楽器(作品)に取り組む姿勢がよく表れているような気がします。
さらに、怪作「ゴジラの口」。
口にくわえるというよりも、口に装着するようになっていて、吹くと口が開いて「ゴジラの鳴き声」が響きます。
しかも、赤い布製の火を噴くところが芸が細かい。「こんなんができると、世の中のことは、ほとんどどうでもよくなります。
嬉しくなって、一晩中やってますよ。」
「
何を考えたら、こんなんできるんですか、とよく言われるんですけど。こんなことしか考えてないんです。
何の役にも立たないんですけど、好きなんです。」
そんな神谷の気持ちが伝わるからこそ、みんな優しい気持ちでこのストローたちを愛すること
ができるのでしょう。
愛されるためだけに存在しているストローたち。そんなストローを魔法のようにあやつる神谷徹。
もう、こんなストローなら、愛してしまっていいという気持ちになってしまいます。
なんとも心地よく手玉にとられた1時間だったのでありました。
神谷徹公式サイト
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