「許せなかった」近藤ようこが「許す」作家になるまで

                              ――――近藤ようこ「兄帰る」を読む(2007.3.10)

 
デビュー当時、まだ20代前半だった近藤ようこは「許せない」作家だった。

いくぶんかの性的描写さえあれば後はなんでもありだった1980年前後の三流劇画雑誌を舞台に、
平気で女をもてあそぶことができる男の身勝手さを「許せない」と告発し、
そんな男に引きずられてしまう自分が「許せない」と述懐し、
そもそも産む性を持つ肉体として生きること自体が苦しく、また「許せない」と感じることさえある
と告白することで人気が出た。(1)

時がたつにつれ、いつしか女と男の間の底知れぬ闇を掻き回すことはなくなり、
生きづらい人生でもなんとか生きていくすべを指し示すような、
静かに優しい光がさすような作風に変わっていった。(2)

この作品は、近藤ようこにしては珍しい「謎解きもの」である。
三年前に突然失踪した男が交通事故で死んだと知らされ、
その婚約者と家族(母・妹・弟)が男の遺品を手がかりに 失踪の謎をさぐるという形になっている。
全くわからなかった男の足取りは、婚約者や家族の手によって少しずつだが明らかになっていく。

残された者にとっては空白でしかなかった男の時間は、
実際には思いのほか豊かな「人との出会い」があったようだ。
婚約者や家族は、男が出会った人たちから男の思い出を聞くことを通して、
彼らが待ち続けるしかなかった時間に起こっていた男の「出会い」を追体験することになる。

すべてが明らかになったとき、
婚約者や家族は失踪の謎を探る前と比べると少しだけ変わることができたようだ。
長い間ノドにささったままの魚のホネがとれてしまうように、
男の失踪を許すことで自分の中の何かを許すことができたのだろう。
男はけっして戻ってくることはなかったが、
一人ひとりの人生に大切な何かを残すこととなった。

そして、この失踪した男を「許す」という物語は、
「許せない」から出発した近藤ようこがいかにして「許す」作家になったのかを
一冊の本の中でコンパクトに見せてくれたようでもある。

「許す」ことによって初めて、人生にとって大切な一歩を踏み出せることもあるのだ。




 (1)  1981年に出版された「月夜見」(ブロンズ社)には、 「ガロ」「劇画アリス」「漫画ダイナミック」「マンガ奇想天外」「漫画ハンター」
   「劇画バイキング」
に掲載された作品14本が集めら れている。
 (2) 「ルームメイツ」(全4巻・1992-1997・ 小学館)で描かれているのは、 還暦を前にして再会した小学校の同級生だった女性3人が
   同居する話である。
結婚することがなかった小学校教 師、旦那を亡くして今は長唄を教えている元2号さん、家出してきた専業主婦と
   経歴もさまざま。それぞれの人生を
それぞれに認め合 いつつ高めあうことで、自分の人生を 認めていくようになる物語だった。

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