ハラハラと風に引き上げられていく桜色の花びらの中をとてもゆっくりとした足取りで歩く。
ゆっくりと歩く私だから、楽しそうにはしゃぎながら傍を駆けてゆく子供達や、確かな足取りで会話をしながら通り過ぎる老夫婦。
忙しなく携帯電話に声をかける若い背広を着た会社員。
一人一人形作る世界があって、少しすれ違っただけ。それだけでその人の世界を少しだけ触れることが出来る。
先を行く子供は笑い顔で後から追ってくる子供を見ている。もう一人の子供は握り拳を作った片手を頭の上に掲げて怒った顔をしている。 彼らは真剣だと思う。追いかけてくる子供を笑うのも逃げる子供を追いかけるのも。
だけどきっと、心から馬鹿にして、心から腹立たしいわけじゃない。ただじゃれあっているだけだと思う。
ゆっくりと歩きながら舞っていく花びらを眺めて、遠くを懐かしむように目を細めて微笑みあう老夫婦。今までどんなことがあったのかなんて事はわからない。だけど、二人して微笑みあえるほどの強い繋がりがあるのはとっても大切。
携帯電話に向かって早口に言葉を投げながら、足早に歩いていく若い人は、足元に敷き詰められた桜色の絨毯に気付かないでいるみたい。だけど目の前に積まれたものは、この人にとっては邪魔で見るだけで嫌という物ではないようだ。
だって、忙しいって顔をしていても嬉しさのようなものが見つけられるから。
この過ごしやすい陽気に影響されたのか誰もが心弾ませながら私の横を通り過ぎていく。私がゆっくりと進めていた歩を止めてしまっているにも関わらず、誰も振り向きもしないで遠ざかる。
まるで私の存在だけが、桜色のカーテンに覆われて消されてしまったみたい。
―――それは凄く悲しいことのようで、少し嬉しく思った。
私の存在を覆い隠してしまえるなら、いっそのこと消し去ってくれたら―――
彼女はきっと気付いていない。
私が彼女の後をずっと追いかけていた事を。
私が気が付けば、彼女の事を目線だけでも追いかけてしまう事を。
私が立ち止まって桜吹雪の中で立ち尽くす様にかける言葉も見つからない事を。
すれ違う人の顔を覚えていられることなんてほとんどないのに、彼女は目に入った時からずっとまぶたの裏から離れない。
ふと見つけてしまうと視界から外すことが容易でなくなるのに。たとえ誰かと会話をしていても、意識はずっと彼女の方に向かってしまう。
手を伸ばしても、掴みきるその前にするりと通り抜けていく。いくら必死になっても振り向きもしないのにすり抜けていく。私の伸ばす手は無いのだ、とでも言うように。
こんなにがんばっても掴めないなら諦めればいいのに。諦めてしまったらどんなにか楽だろう。
だけど諦めることなんて出来ない。一つしか見せない貴女の顔。
私を惹きつける貴女なのに、貴女自身は・・・誰にも見向きされない、孤独な世界に居る、って顔をしてみせる。
貴女が孤独な世界に居るはずなんてない。なのに私は貴女に届かない。桜色の渦に取り巻かれる貴女に言葉をなくすことしか出来ない。
いつもの様に何も出来ないまま時間が過ぎて行くのだろうか。また今日も届かないのか。
―――そんな、訳にはいかない。
桜のカーテンから覗いた、空を望む貴女が酷く諦めているように見えたから。
胸が痛むくらい締め付けられた。今まで見惚れていたのが嘘の様に脚が動く。
もう見たくない。貴女のそんな姿は。貴女は誰にも必要じゃないと貴女自身が決め付けてしまう姿は。
だから今は、貴女が望んでいるソラを貴女の隣で望んでみよう。