「あぁ〜〜〜っ! 腹が立つったらありゃしない!!」

 机をバシバシ叩きながら吼える女生徒、教室に一匹発見。

 結構大きな声だけれど昼休みという事もあってそうそう目立ってはいない。

「な、何があったの」

 自分の机を占領されてしまって体の向きもこちらという事もあって仕方なしに尋ねる。

 相手にしなかったらしないでどうせ聞こうとするまで食いついて離さないから。

「イヤイヤ聞かされてるって感じだけど聞いてよ〜果歩ぉ〜っ」

 ものすごーく心境がバレてました。

「そりゃ顔に出てるから」

 人の心を読むな。

「でね、アレなのよ。アレがこうしてこうやってオーホッホッホ!なのよぉ〜っ!」

「まったくワケがわかんないっ!!」

 手の甲を頬に当てて、「高飛車」を端的に表現したポーズを取って、

 急に笑い出したかと思うとまた机にバシバシ八つ当たり。

 なんだかとても忙しそうだ。

「実はねかくかくしかじかなのよっ。・・・理解できた?」

「そんな身振りと抽象的な言葉に、本当にかくかくしかじかって言われて理解できるとでもっ!?」

「察して!!」

「無茶言わないでっ!」

「大丈夫、あなたなら分かってくれると信じているわ」

 下手なお嬢様の微笑みとでも題したくなるような笑顔で手を握ってくる。

「・・・うわっ、寒気が。鳥肌も立った」

「失礼ですわね。そんなに似合っていな・・・」

「思いっきり完全に破滅的なまでに」

「そこまで言うっ!?」

 大袈裟に身体を仰け反らせショックを受けたと表現してがっくりと項垂れる。

「うぅ・・・私が死んだら果歩を疑えー」

「なに勝手に人を犯罪者にしてるかな」

 もはや付き合いきれないとばかりに息を吐き出して席を立つ。

「何処へゆくっ。敵前逃亡は銃殺に処すっ!」

「何時代の人間だあんたは!!」

 ビシッと突き出された人差し指を叩く。少々力が入りすぎた気もするけど大丈夫だろう。

「で、何処行くの?」

「最初からそうやって聞きなさいよっ!! ・・・あぁ、もう疲れる・・・」

 思わず机に手をついて溜息をついてしまう。

 休憩の為の休み時間でなぜここまで疲れなきゃならないのだろうか。

「夜な夜な街へ繰り出して『私の胸の隙間を埋めて・・・』なんてやって・・・る・・・・・・か・・・」

「だぁーれが夜の街に繰り出してる、ですって?」

 首を横に少しだけ傾げてにっこりと微笑んでやった。今なら握力だけでりんごを潰せそう。

「い、いえ、誰も繰り出してないであります・・・」

 笑っただけなのにどうして怯えが見られるのだろうか、ただ笑っただけなのに。

「そう? なら良いわ」

「オニが・・・オニが見えた・・・・・・」

 なんだか失礼な発言がされたように思うけど気のせいでしょう。

「で、一体何なのよ」

 しょうがないから椅子に座りなおして話を聞いてあげよう。

「え?」

「なに、聞いてほしくないの? なら聞かないけど」

「いえいえっ、そりゃもうぜひともお聞き下さい、っていうか聞けぇっ!」

「やっぱり聞かない」

「あぁっ!? うそ、うそですよー聞いてくださいぃぃー・・・」

 ・・・まったく。最初から脱線させずに素直に話せば良いのに。

「はぁ・・・で、何があったの」

「そうこなくっちゃ! 何処から話そうか・・・やっぱり馴れ初め?」

「誰と誰の馴れ初めよっ!」

 楽しげな顔がちょっとむかっときてしまう。話、絶対にわざと逸らしてるなこいつ。

「今の私がとっても不機嫌な元凶はね大島香奈枝、あのお嬢なのよっ」

 話しているうちに興奮してきたのか、いつの間にか握りこぶしなんか作っている。

「あやつめが何かニヤニヤしながら近づいてきたから少しは警戒したんだけど・・・くぅっ!」

 悔しげに唸っている。・・・のだけど、なんだかこう寄り道が多いと・・・うん。

「どこかユウエツカンを漂わせながら、かつ人を哀れむような視線で・・・」

 なんていうか、直球で言っちゃうと『どうでもいい事』のような気がする。

「『茜さん、あなたクリスマスのご予定は?』なんて聞いてきたのよっ!あんのお嬢・・・」

 以下割愛。つまりは大島さんに恋人がいて、クリスマスには二人でデートなのだそうな。

 それに対して、この恋人のいないわめく生物は「クリスマスを一人で寂しく過ごされるのね」と哀れんだ目で見られたらしい。

「もうムカついてムカついて・・・だから恋人の一人や二人ぐらいすぐに作ってやる!って言ってやったよ」

 二人も作ってしまったら後々大変な事になると思うけど。

「あぁ、そう。そりゃおめでとう。あと一ヶ月ほどがんばって」

 本当、聞かなくても良かったと今更ながら思ったから、席を立った。いや立とうとした。

「そういうわけで、今日の放課後から早速捕まえに行くよ」

「あぁはいはい・・・。・・・って今なんて?」

「だからー放課後行くよ、って」

 今聞いた言葉をもう一度自分の中で復唱して意味を考える。

「・・・・・・その言い方だと、私も混じってる感じなんだけど」

「うん、当然。果歩もいないんだからちょうどいいでしょ?」

「良くない。私は行かないから」

「君に拒否権はないっ!」

「そんなわけないでしょ!」

「んじゃ、今日の放課後からだかんねー忘れるなよー」

「ちょ、ちょっと!? からって何よ、からってぇぇーーっ!!」

 タイミング良くチャイムが鳴ってしまいやがってひらひらと手を振って逃げてゆく自己中生物。

 だいたい捕まえに行くって言ってたけれど、投網で捕まえるつもりなのかしら。

 まさかね、あははははは。・・・・・・・・・やばい、本気でやりかねない・・・。

「ま、まぁ、私には関係のないことだから・・・うん。そうと決まれば放課後はさっさと逃げるに限る」

 幸い今日の放課後は掃除当番にも当たっていないからすぐに帰れる。

 人込みに紛れてしまえばこっちのもの。大丈夫、私の日常の平穏は守られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「守られたはずだったのになぁ・・・」

「ぶつくさ言ってないで歩く歩く」

 なんの因果か結局街中を歩いてるわけで。横にいるこの迷惑生物に引きずられて。

「どうでもいいけどー」

「なに」

「いい加減名前を呼んでほしいと思うのであります」

 だから心の中を読むな。

「・・・わかったわよ。・・・・・・和泉」

「なーにー」

「あなたは何をしに街に来てるの?」

「なにって、当然恋人とやらを捕獲するためでしょ」

 捕獲って恋人を鳥や獣とかと一緒だと考えてるんじゃなかろうか。

「そのくせ声を掛けられても素っ気無いじゃない」

 そう、何を考えてるのかこの娘っ子、学校から直接街へ繰り出してきてから数度声を掛けられてる。

 いわゆるナンパというやつか。にも関わらず、その全てを一言二言であしらってしまっているのだ。

「当然よ!ナンパなんかで上質のモノに出会えるはずがあろうかっ、いやないっ!」

 じゃあどうやって男を捕まえるのか。尋ねたい気もしたが明確な答えが返ってきそうにないからやめておく。

「とにかく次、行くよ」

「どこへ」

「本屋。ちょうど『クレイジー☆ドリーマー』の新刊が出てるからそれ買いたいし、他に何かあれば」

「そう、じゃ私は」

「当然一緒」

 ・・・なぜ私まで巻き添えなんだろうか。いや、それよりも・・・

「あなた本気で男捕まえようとしてる?」

「ふふん、当然当然。こんな風に話してても目はバッチリと獲物を探してるから」

 言われてみれば確かに目はきょろきょろと忙しなく動いて何かを探しているようだ。

「そう・・・。でも学校の男子じゃダメだったの?」

「んーーー・・・学校の男子だとちょっとメンドウというかなんというか・・・」

 学校には目ぼしい人物がいなかったのか、少し気乗りのしていない様子だ。

 ・・・気のせいか、視線の先々にはクレープとかカステラとかシュークリームを売ってる所がある気がするけれど。

「まぁ、いいけどね・・・」

「きたっ!」

「見つけたの?」

「カキ氷だ!」

「結局食べ物かーっ!!」

 今にも飛びつかんばかりにカキ氷屋に体が向かっている和泉を取り押さえる。

「なんでっ? こんな季節なのにカキ氷だよ!? 食べなきゃダメでしょ!」

「身体が冷えて風邪引いちゃうわよっ!!」

「風邪を引く? ふふふふ、私の身体は鋼鉄製だからそんな心配ナッシングッ!」

 引き止めきれず和泉がカキ氷屋へと直行する。・・・もう何も言うまい。

「買ってきたー。果歩の分もあるよー」

「やっぱり私もかっ!!」

 差し出された手には黄色のシロップと赤のシロップが掛かった物があって、

 その内の黄色い方を手渡してきた。・・・きっとレモン味だ。

「シロップなんだからすっぱくないわよ。それに自分が苦手だからって他人も苦手だって限らないでしょ」

「う・・・そんな、イヤがらせのつもりじゃありませんことよ」

 目を逸らして言われても説得力はない。

「ま、まぁいーから食えっ!」

 グイグイ手にもったカキ氷を口元へと押し上げられる。

 仕方なしにスプーンで掬って一口。

「・・・寒い」

 ジト目で睨み付けてやる。けれど意に介した風もなく笑っていやがりますよ。

「うんうん、おいしいおいしい」

 一口二口と次々にカキ氷を食べる。

「ん? 欲しいの?」

 なんて言ってくれやがりますよ。

「はぁ・・・もういい」

「んー? まっ、目的の本屋へと行きますかー」

 カキ氷を食べる手を休めず歩き始める。

「なんでそこまで食べれるのかしら・・・?」

 試しにもう一度カキ氷を食べてみる。

「・・・やっぱり寒い」

 震えが襲ってきてもう口にしたくないのだが、捨てる訳にもいかない。

 仕方なく和泉を見習って歩きながらゆっくりと食べることにした。

 周りの視線なんてものはとっくの昔に無視している。問題はこの寒さだけ。

 結局、本屋に行った後、同じデパート内の店巡りをすることになった。

 ・・・本当に何をしに街へ来たのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 12月25日。俗に言うクリスマスの日になった。

 一週間も前になるとテレビからはひっきりなしにクリスマスという単語が飛び出してきた。

 どこかのライトアップが始まったとか、クリスマススペシャルの番組だとか、

 世の中がどこか浮きだっているようだった。

 あの後しばらくの間『恋人狩り』と称して放課後や休日の午後に街へ連れ回された。

 でもやっぱり、声を掛けられてもそっけない態度を取るし自分から声も掛けない。

 二人で街をうろついては、時折店に入って冷やかす。

 とはいえ、それが悪いのかと言えば、そうでもない。いや、楽しい。

 和泉が突拍子もないことをやって、それに一言付け加えつつも振り回される。

 それでもどこか・・・いや考えが逸れてしまった。

「しかしまぁ、その誘いもなくなったということは恋人を見つけでもしたと言うことか・・・」

 クリスマスまで一週間ほどとなった頃からぷっつりとお誘いが来なくなってしまった。

 元々クラスも違うことからあまり会う機会はなかったが、ここ一週間は特にだった。

 そこまで考えて少し深呼吸をする。たかだか友人に恋人が出来たぐらいでこの様はなんだ。

 ずり下がっていた体勢を直してまた雑誌を読み始める。

 なんともまぁ、のんびりとした休日だ。

 ――ピンポーン――

「む、誰もいない時に・・・」

 仕方なしに立ち上がって急いで玄関へと向かう。

 途中もう一度鳴らされたベルに返事をしてドアを開けた。

「あれ? 誰もいな・・・」

「果歩ぉぉぉぉぉぉっ!!」

「ぐぅっ!?」

 腹部に猛烈なタックルを決められ呼吸が止まる。

 勢いを殺せないまま後ろへ倒れこんで、背中を強かに打ちつけた。

 後頭部を守れたのは不幸中の幸いとでもいうべきか。

 とにかく元凶らしき腹部の重みを見ると、やっぱりと思わされる人物が乗っかっていた。

「い、ごほっ、ごほっ・・・ぅぅ〜〜〜・・・」

 背中を打ちつけた衝撃に、のたうち回りたいけどそれも出来ない。

 そしてよっぽど良いのをもらってしまったらしく、声を出そうとしても咳にしかならない。

 仕方なく、目だけで抗議をする。

「あれ? 果歩ってば風邪引いてるの?」

 自分でこんな状態にさせておいてそんな事を口にするか。

「へ? 何す・・・・い、いたいいたいいたい〜〜〜っ」

 声に出せないから、和泉の両頬を人差し指と親指で摘むと思いっきり引っ張ってやった。

「・・・まったく、ドアを開けた人間にいきなり何をする、か」

 やっとまともに喋れるようになった。最後に少しだけ咳き込みそうになったけど。

「なにって・・・友情の証明?」

「タックルすることが友情の証明になるかっ!」

「ほら、当って砕けろって言うから」

「それとは全くの無関係っ!とりあえず、どきなさいっ」

「りょーかーい」

 とりあえず、立ち上がって埃を叩き落とす。

「で、一体何の用?」

 明らかに不機嫌と言った表情でにらみ付ける。

「うん、遊びに来た。お土産持参で」

 玄関から出てドアの横に向かって手を伸ばして、持ち上げたそれは箱だった。

「じゃーん、このとおりー」

「あぁ、そうお疲れ」

 そのままドアを閉めようと思ったけど阻まれてしまった。

「ちょっとーそれはヒドイでしょー」

「タックルを入れる方がよっぽどヒドイ」

 そしてジト目で睨んでやるけれども和泉も負けじと視線を合わせる。

「あら、お友達?」

 膠着状態に陥りかけていたにらみ合いは第三者の声によって解かれた。

「お母さん」

「お友達なら上ってもらいなさい」

 言うが早いか、和泉の背中を押して家の中へ押し込む。

「お、お邪魔します」

「はいはい、どうぞ」

 こうなっては仕方がないから自分の部屋へと案内することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どうして私の家に来たの?」

「んー遊びに来たかったから」

 そりゃたしかに、そうだろうとは思う。

「だけど恋人はどうしたのよ、出来たんじゃないの?」

「恋人? 出来てないけど・・・なんでそう思うの?」

「だって・・・ねぇ。一週間前からぷっつりと放課後、誘いに来なかったじゃない」

 まぁ、誘いといっても断るという選択権のないものだったけど。

「む、だったらちゃんと報告するよ。恋人出来たぐらいで義務を怠る私じゃないよ」

「そう・・・じゃあこの一週間何してたの?」

 一週間音沙汰無しだったのに、いきなり家に押しかけてくるのだから不思議だ。

「んー・・・ずっとケーキ作ってた」

「は? なんで?」

「だってさ、クリスマスまで残り一週間なのに恋人できず、だよ?

 そこで、こうなったらクリスマスと言えばケーキ!だから自分で作ってやるって思ってさ」

「え、なに? もしかしてあのケーキ、手作り?」

 和泉が携えてきた箱の中身はデコレーションケーキで、

 今現在お茶の準備と同時にうちの母親によって切られているだろう。

「うん。でも作り過ぎてしばらくは作りたくないなぁ」

「そう・・・まったく、そうならそうと言いなさいよ」

 どこか気持ちの落ち着いていく自分が居る。

「ま、ちょっと驚かそうかなーとか思ったから。でも・・・」

「でも?」

「やっぱりクリスマスまでに恋人できなかったのは悔しい〜〜っ!!」

 急に俯いたから何事かと思ったが、そんな事かと思って呆れている間に、

 いつの間にか横に居た和泉にまたタックルを食らった。

 ・・・タックルと言うほど勢いはなかったけど。

「ちょ、ちょっと和泉っ!」

「だから果歩の胸で慰めて〜〜」

「離しなさいっ!」

 腰に回された手を剥がそうともがくけれど、剥がすことが出来ない。

「さっきタックルしたときに気付いたんだけど、果歩ってば結構胸があるから抱きつき心地が良くって。

 だからこの胸で慰めておくれー」

「こぉらぁーーっ!」

 一生懸命に引き剥がそうとするも全く剥がれない。

 そんな事を続けてると、不意にノックする音が聞こえた。

「おーい、入る・・・ぞー・・・・・・」

「ちょ、ちょっと、まっ・・・!」

 聞こえてきたのは出かけていたはずの弟。いつの間に帰って来たのだろう。

 などと考えている間に無情にも部屋のドアは音を立てて開かれた。

 ドアを開ければそこは姉の友人に抱きつかれてる姉が居た。

 いや、もう押し倒されてると言っても良いかもしれない。・・・そりゃ、思わず固まってしまう。

 このままでは誤解を受けかねないっ。それは避けなければ・・・!

「ゆ、幸俊っ、ここここ、これはね!」

「・・・・・・母さん達には黙っといてやるから大丈夫だよ」

 解凍された弟が清々しい笑顔で、見当違いなことをのたまってくれてます。

「だ、だからこれは違うってっ!!」

「姉ちゃん、邪魔して悪かったよ。すぐ退散するから気にせず続けてくれ」

「幸俊ーーーっ!!」

 手に持ってたお茶道具に切り分けられたケーキの乗っかったお盆を置くとそそくさと部屋から出て行ってしまった。

 届かないのは分かっていても延ばした手が虚しく宙に残った。

「・・・ふむ、誤解は誤解のままでは良くない」

 何を思ってか私に乗っかったまま変に真顔で告げる和泉。

「た、たしかにそうよね」

 でも和泉の言っている事は正しい。誤解は誤解を生むとも言うし。

 一緒に誤解だと主張して真実を伝えればきっと信じてくれるはずっ。

「というわけで、それを真実にしてしまおうっ!」

「ちょっと待てーーーーーーっ!!!?」

 ・・・・・・・・・真実にされてしまいました。

 できれば神様、こんなプレゼントは欲しくなかったのですが(泣)


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