「で、結局ここにいる訳ね、病人のくせに・・・」
はぁ、とため息をしながら諦め気味に言う亜紀さん。現在の居る場所っていうのは体操服にハーフパンツという格好で体育館。
「結局来た道を後戻りしようとしないんだもんなぁ・・・美奈津って結構頑固だね〜」
なにをそこまで意地になるかなぁ、なんてまだぶつぶつ言っている。言わせてる原因は私ですけど。
・・・たしかに意地になってる部分がないとは言えない。自分でも家に帰って大人しくしてる方が良いっていうのはわかってる。
だけど「家に帰っても誰も居ないし」なんていうことや「授業の内容は頭に入って来なくても、ノートだけでも」といった感じの理由がどうしても邪魔をして、
家に大人しく帰るという最善策を選ばせてくれない。
「やっぱり、ここまで来ちゃいましたし・・・」
「ふぅ〜ん・・・でもねぇ〜、私にはどーもそれだけじゃないような気がするんだよねぇ。
たとえばだけど・・・誰かさんに会いたいから、とかね」
亜紀さんが意地悪く笑って迫ってくる。ちょっとどころかかなり怖いから私が一歩後退ると一歩足を踏み出す。
「その辺は一体どうなのかなぁ〜?ん〜?」
さらに手をワキワキと動かしてふっふっふっなんて笑いながらゆっくりと向かってくる。
意識が朦朧としているからか、普段より何倍も怖く感じる。だいいち、手の動きが怪しいし目つきだって口元だって怪しい。
なんていうか・・・目つきからは獲物を捕らえる時の肉食獣を、怪しい口元からは獲物をモノにした時のそれを思わせる。
ジリジリと後退っていくとここは広いグラウンドじゃなくて、壁のある体育館なので壁に背中が当たってしまった
。
「んふふふふふ、もうこれ以上は下がれないねぇ〜」
怪しく笑うと口の端をさらに持ち上げてゆっくりとにじり寄ってくる。
ただ理由を聞かれただけなのにどうしてこんな風に迫られているのでしょう・・・?
「おーい、そこの二人ー。何の遊びか知んないけどさ、いい加減並んでくんない?」
体育委員の人が腰に手を当ててこっちを見ている。この後には準備体操もしないといけないから、早く並んでもらいたいのだろう。
・・・ってそれ以外になにがあるんでしょう?
とりあえず迷惑を掛けておいてなんですけど、助かりました。
「ちっ、いいとこだったのになー」
ポツリと言ってそのまま列の中へそそくさと紛れ込んで行く亜紀さん。
・・・逃げ足が速いです・・・。
「美奈津さんも早くーっ。・・・さもないと襲うぞーっ?」
体育委員の人―――たしか名前を沙奈さんと言ったはず―――がにこやかに言い放つ。
するとそのうち何人かが一緒に同調して頷いている。
・・・凄く寒気を感じたので、急いで加わろうとしていた列から離れました。
けれど、やっぱり熱がある身体なだけあって、こんな急激な動きをすると立ちくらみがしてしまう。
「あー、ウソウソ、冗談だってばー。だからそんなに逃げないでよ〜」
苦笑しながら手招きをする沙奈さん。
いい加減に並ばないといけないな、と思っているので重い身体を自然に見えるように気をつけながら小走りに戻ろうとしました。
「・・・余計に襲いたくなるから・・・ふふふ」
佐奈さんの前を通り過ぎようとしたらそんな呟きが聞こえたのでバッと沙奈さんの方を向くと、
ニコニコと笑って「ん、なぁに?」なんて言ってくる。
気のせいかな、なんて思ったけれどふと、沙奈さんに関するいや〜な噂を・・・。
あくまで噂ですから、本当かどうかはわからないのだけれど・・・
『言い寄ってきた後輩に手当たり次第手を出した』とか、『男女関係で悩んでいた子を篭絡した』とか・・・。
ここは女子高なので、後輩とか悩んでいた子なんて言ったら女の子しかいないわけですし・・・。
で、でも、これはあくまで噂ですっ。こんな事は噂に過ぎないんですっ。
「むぅ〜・・・?」
一生懸命にそんな噂を頭から追い出していると、沙奈さんが私の顔をジーッと見つめてることに気がつきました。
「な、なにか・・・?」
完全には噂話を頭から追い出せなかったので、ちょっとたじろいでおびえ気味に尋ねてしまいました。
「うーん・・・顔色少し悪くない?」
そう言うと沙奈さんは、私の正面に立つと私の前髪を上にあげて、おでこをピタッとくっつけてきた。
目前にある顔にドキドキ・・・するはずもなく、沙奈さんもいたって真面目な顔をしている。
・・・でも、空いた片手で髪とか背中とかを撫でてるのは頂けないと思うんですが・・・。
「やっぱり、熱あるねぇー。しかもこれ微熱って感じじゃないよ。っていうわけで、誰か保健室に連れてってあげてー」
顔を離すと、整列しながら話をしている人達へ声をかける。
「で、でも」
「えいっ♪」
私が何か言おうとしたら、唐突に沙奈さんは私の両肩をトン、と押し出す。
唐突でも身体はすぐに反応して、倒れないように踏ん張ろうとするけれど、
思うようには動いてくれなくて尻餅をついてしまった。
「な、なにを」
「ほらね、軽く押しただけでもこのありさまでしょう?」
そうして沙奈さんは私の腕を掴んで立ち上がらせた。
「そんな状態でボールの奪い合いなんてしたら下手したら怪我するよ?
もしあなたが怪我したら、怪我させた人が気に病んじゃうでしょ?
そんな事になっちゃったらお互い不幸でしょう?」
確かに彼女の言う通りなので頷く。すると沙奈さんはにこっと笑った。
「わかってくれたみたいなので・・・」
「あとはあたしにお任せ〜っ」
いきなり後ろから肩を掴まれてビックリしたので微かに悲鳴を上げてしまいました・・・。
「ほらね〜結局は保健室行きになるんだから、観念して帰ってれば良かったのにさ〜」
そう言いながら亜紀さんは私の身体を出口の方へ向けて押して行こうとします。
「亜紀さーん、あなたは早く戻ってくるのよー」
「はいは〜い」
背後からの沙奈さんの声に気楽に答えた後に「ちぇっ、ゆっくり戻ってこようと思ったのに」なんて呟く亜紀さん。
考えることが亜紀さんらしいというかなんというか・・・。
かくして私は保健室へと連れて行かれることになったのでした。