ひごろロバが思っていることや
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久しぶりに更新です
最近マジメすぎるので(?)今回は哲学系で 笑


「時間は歳をとらないのか?」



人は歳をとるし動物だって植物だって歳をとる
生き物ではなく人工的なもの
例えば車や飛行機、建物だって歳をとる
空間だってその日のその“時”と一緒の“時”というものは存在しない
つまり時の流れの影響を受けているということになるので
歳をとることになるだろう
こうやって考えていくと
この世界に歳をとらないものは存在しないという事になると思う
では“時”(時間)そのものは歳をとらないのだろうか?
そもそも時間とはどういうものなのだろうか?
まぁ、こんな感じの話をしていこうかと
まず歳をとるとはどういうことは?の私なりの定義について
歳=老いではなく歳=もう2度と同じがありえない事
つまり時の流れのことと定義します
次に時間とは?
時間には2つの種類があると思う
1つは、一日は24時間1年は365(366)日であるという
誰にでも平等に感じる事のできる客観的な時間でマクロ的な時間
もう1つは、楽しい時は早く過ぎ辛い時苦しい時などは遅く過ぎる
その人の気分によって長さが変化する主観的な時間でミクロ的な時間がある
客観的時間の方は人が勝手に作成したもので
主観的時間は、たぶん人類が発生したときからあったものであると思う
そしてこの2つの時間は別々に存在しているのではなく
混在して1つの“時間”をつくっているとおもう

で、こっからが本題
先に述べたようこの世界には歳をとらないものは存在しないと思う
ならば歳をとる原因でもある「時間」そのものも歳をとるのではないだろうか?
時間が歳をとるということはどういうことなのか
それは、時間そのものも、もう2度と同じ時間を経験する事ができないし
1度流れさってしまった時間はもう2度と同じ形でもどってくることはない
これらか「時間も歳をとっている」と考えることが出来ると思う
もうちょっと細かく説明すると
客観的な時間は主観的な時間の集合の上に成り立っていて
主観的な時間つまり楽しい時や辛い時というのは
過ぎ去ってしまえば
まったく同じものを経験する事は不可能である
つまり、これが主観的な時間が歳をとっていることの根拠で
歳をとる主観的時間の集合体である客観的時間も同じように歳をとる
例えば同じ2月1日でもまったく同じ2月1日はありえないのである
なぜなら客観的時間としての2月1日は同じかもしれないが
客観的時間は主観的時間の集合体であるからである
このように考えると時間そのものも歳をとっていると考えてよいのではなかろうか?
なんか少々強引なような気がするけど まぁ質問や意見がありましたら
掲示板なりメールなりでどうぞ<(_ _)>