雪桜
京の街には雪がチラチラと降りだしていた。
あのアクラムとの戦いから、半年がたった冬のある日、
イノリは久しぶりに藤姫の館を訪ねてみた。
「まあ、イノリ殿!お変わりありませんか?」
藤姫は、久しぶりに元気なイノリの姿を見て、
にっこりと微笑んだ。
「イノリ殿は、あの日からこちらに一度も来てくださらなくて、
とっても寂しゅうございましたもの。何度もお招き致しましたのに、
いつもご欠席で…。
でも、今日こちらに来てくださって、ほんとうにうれしゅうございます。」
イノリは、あの日…京が救われた時から、すっかり姿を消していたのだ。
戦いが終った後、その姿を見たものは一人としていなかった…。
イノリは、藤姫の目を見て、ようやく事情を話し始めた。
「姉ちゃんがいなくなって、そして、あかねや詩紋や天真が元の世界に帰っちまって、
オレは何をしたらいいのかわからなくってさ。
ちょうどオレの世話になっている鍛冶の師匠の兄弟子が、河内の方に仕事に出て行くっていうので、
付いていってたんだ。心配かけて悪かったな。」
ちょっとバツの悪そうなイノリを見て、藤姫はクスっと笑ってしまった。
「なんだよ。藤姫。笑うことはないだろ!」
そんなイノリを見て、以前と変わらない彼の姿に、藤姫はうれしくなってしまった。
「なあ、藤姫。あんたの所の庭の桜の木に積もっている雪…キレイだな。」
何か考え事をしていたのか、イノリは外の方を見て、そうつぶやいた。
「私は、庭にほとんど下りたことはないのです。一度、神子様に連れて行ってもらったことはあるのですが…。」
藤姫は目を伏せ、寂しそうに笑った。
「だったら、オレがおろしてやるよ!」
イノリは、急に藤姫を引っ張り、彼女の手をとりながら、庭の方へ連れて行った。
どうやら藤姫がずっと抱いていた気持ち…あかねと離れて寂しいと心の片隅に隠しておいた気持ちがイノリに伝わったらしい。
藤姫は、抵抗する余裕もなく、そのまま彼に引っ張られていった。
桜の木は、春に見た桃色の花びらではなく、真っ白な雪化粧をしていた。
「まあ、なんて素敵で風情のあることでしょう…。真っ白な雪が、きらきらと輝いていて、
まるで物語りに出てくる世界みたいで…。」
藤姫は、初めて見る白化粧に感動してしまったようだった。
その様子を見たイノリは、予想もしていなかった彼女の反応に、驚いてしまった。
イノリにとっては、雪景色など冬にはいつも見ていて当たり前のものだからだ。
雪の朝には今はそばにいない姉と寒さをしのいで、いつも肩を寄せ合っていたことを思い出す。
「神子様にもこの風景を見ていただきたかったですわ…。」
藤姫は、涙を浮かべながら、イノリに淡い寂しさに満ちた瞳をみせてそう言った。
「ああ、オレもあいつらに見せてやりたかった。」
イノリは藤姫の涙を手でぬぐいながら、空を見上げた。
…っとその時、
空の雲の合間からあかねの笑顔が見えた気がした。
そこには詩紋も天真もいるように見えた。
「あいつらも見ている…わけないか。」
イノリは呟きながら、いつまでも空から目を離すことができなかった…。
「あれっ、なんか雲の間からイノリくんが覗いてるよ。」
「おい、詩紋!お前なあ何寝ぼけたこと言ってるんだ?」
ある冬の夕方、学校が終って、校門の前であかねの来るのを待っていた詩紋が、
一緒に待っていた天真にそう言った。
「でも、あれは絶対にイノリくんだよ!」
詩紋の目には確かにイノリが、雲の合間からこっちを見ているように見えるのだ。
「あん?お前、今日熱でもあるのかよ〜。」
天真がそう答えようとしたときに、
「ごめん〜。天真くん、詩紋くん。待たせてごめんね。」
あかねがパタパタと走ってきた。
「いいや、オレたちは別にかまわないぜ。
それより、詩紋のヤツが寝ぼけたこと言ってるんだよ。」
「え〜。ボクには確かにイノリくんが見えるよ。
あのね、あかねちゃん。あの雲の合間からイノリくんが見ているように見えるんだけど…。
天真先輩には、見えないみたい。あかねちゃんには見える?」
詩紋に言われて、あかねはふと空を見てみる。
すると…、あかねにはイノリと藤姫がまるでこちらを見ているように感じたのだ。
「うん、イノリくん、きっと今日の空で私たちの心配をしてくれてるんだと思うよ。
私には藤姫の姿も見えるの。…藤姫も元気にしているかな?
私たちのこと、忘れないでいてくれてるのかな?」
「あん?そうなのか?オレには見えないけど、お前が言うのならそうなのかもな。」
3人は空を見上げながら、雪の積もった道を歩いていった…
〜FIN〜
これは遥か1の後、だいたい3ヶ月がたった頃、現代にあかねたちが帰ったあとを想定して書いてみました。
この話のイノリは別にあかねに振られたとかそういうのではなく、姉がイクティダールを追っていったことで、
京を離れていただけという設定です。
読み返してみると、なぜか藤姫がイノリに好意を抱いているように読み取れるなあ…。
うーん、それでもおもしろいかもしれないですね。