〜東宮として〜

「兄上っ、兄上!どうか目を覚ましてください!」
急な知らせを受けて私が駆けつけた時、兄は深い眠りに落ちていました…。
もしかしたら、このまま永遠(とわ)に目を覚まさないかもしれないと、薬師(今でいう医師)が言われました。

そういえば、父院も流行病で臥せっていると、幸鷹殿から伺っていたのですが、
まさか、突然兄上までお倒れになるなんて…。
夕刻に退出した折には、あれだけ元気そうだったのに!

「東宮様、帝がお隠れなさるやもしれません。万一のためのご覚悟をなさった方がよいやもしれません。」
私同様、駆けつけてきた内大臣がそう耳元でささやきました。

「そんなこと考えられません。私は兄上のご回復を信じておりますゆえ。」
そう、答えたものの、私もお隠れなされてしまうかもしれないと不安に襲われているのです…。

内大臣も不安にさいなまれているようです。きっと私と同じように…。
薬師が、「今のところは落ち着いておられるので、どうぞお戻りください。」
とおっしゃったので、寝所にさがったものの、眠れない夜が続いておりました…。


ここは、京の都。
先日から梅の花がちらちら咲きほこるようになってきました。
もうすぐ春なのですね。
申し遅れましたが、私は彰紋と申します。
兄である帝をお支えする東宮として、まだ未熟ですが、兄にすこしでも追いつけたらと思いながら、
毎日を過ごしておりました。

昨年の大晦日に、龍神の神子の花梨殿が百鬼夜行を倒されて、無事にもとの世界にお戻りになり、
鬼に脅かされていた京に平穏な日々が戻って参りました。
帝でいらっしゃる私の兄上と院となられている私の父上が対立されておられましたが、
年が明けてようやく話し合いをされたことにより、仲直りをされました。
御所内も落ち着きを取り戻し、鬼によって被害がもたらされた場所も徐々に復興しつつあります。


そんな矢先に、京の町では急な流行病が発生していて、町の民だけではなく、貴族も多くが冒されています。
そして、たくさんの方の命が失われています。
…薬師も兄上の症状が流行病だと見立てられました。
兄上がこのまま目をお覚ましにならなかったら…、
そんなことは信じたくないのですが、万一の時は、私が京の都の民を守らないといけません。
よく兄上が言っておられました。
「彰紋、京の町の民は、何よりも大切なものだ。
私たちがこうしていられるのも、民たちが一生懸命に働き、そして、生活を営んでいるからだよ。
そのことだけは決して忘れるな。
帝として大事なことは、この大切な民たちの平穏を守り、心から慈しむ心だ。」

いつも兄上は、帝としてのご公務を精一杯されていて、
京の都のことをなによりも大切にしてこられていました。
……私は兄上にずっと甘えているだけで、何もしていない。
小さい時も困った時はいつも兄上が守ってくれました。
この容姿で、心無いことを言われたときも、兄上が毅然とした態度で、
「容姿とかで判断するな。彰紋は私の大切な弟であり、東宮である。」
と言ってくださったそのおかげで今の私がいるのです。

そんな兄上が本当にいなくなってしまったら……。
神のもとに召されてしまったら、私は…。
神よ、そして龍神よ!
どうか兄上をお助けください……。


私はまだまだ未熟者です。
大切な人も守るだけの力もありません。
そんな私が帝になっても、兄上のように都を守れる自信もありません…。
「八葉としての戦い」で自分の世界の狭さに気づき、そして、いろいろなことを学んできたつもりなのですが、
それでも、やはり不安なのです。

「肩の力を抜いてください。」
ふと振り返ると、泉水兄上が私の肩に手をおかれていました。
「もしかしたら、思いつめられているかと思い、夜分に失礼かと思いましたが、お邪魔してよかったようですね。」
泉水兄上は、私の目をじっと見て、やさしく微笑まれました。
「帝のことは、私も心配なのですけど、今は貴方が心安らかにされることが一番ですよ。
大丈夫です。貴方ならきっと。お強い心をもたれておられるのですから。」
私は、よい兄上にめぐまれているようです。
帝になられた兄上、そして泉水兄上…。
私に京を守ることができるのでしょうかと悩んでいたことを泉水兄上にはお見通しのようでした。
それで、私を励ましにわざわざこちらに来られて、本当におやさしい方です。

「もちろん、帝がお目覚めになられることが一番よいことですけれどね。ですが、貴方は東宮という身。いろいろと考えないといけないかもしれません。その時は「あの戦い」で学んだことを生かせばよいだけなのですよ。」
いろんなことを乗り越えられてお強くなられた泉水兄上は、今前向きに生きていらっしゃいます。
「あの戦い」で学んだこと…。
それは、人というものは等しく尊いということ。
どんな立場であっても、命は等しいもの。
人にはそれぞれその人の役目があり、それを果たさなければいけないということ。
争いごとは人々の心の不安を招き、平和な世の中こそ人々が生活するためにもっとも大切なことだということ。
そして、誰にでも心に迷いがあり、それを乗り越えなければいけないということ。

私は「東宮として、この京を守るということ」が役目で、それを果たさなければいけないのです。
イサトが僧兵見習いとして働いているように。
「東宮として守る」ことは、私にしかできないこと。
それを「自分が未熟だから」といって逃げることは、決して許されることではありません。
私は、自分の役目を全うすればよいのです。
異世界からこられて、いきなり「龍神の神子」となられた花梨殿のように。

「お気づきになられたようですね。」
泉水兄上は、私の目を見てやさしく笑われました。
そして、2人で夜が明けるまでいろいろな話をしていました…。



その後…、兄上は無事に目を覚まされ、私の心配も「ただの取り越し苦労」に終わりました。
でも、今回のことが私にとって、自分の自覚を促すよい経験だったように思います。
東宮として私が果たさなければいけないこと、それをこれから自分なりに精一杯こなしていく…。
これが、ご自分の世界に戻られた花梨殿と約束したこと。
「彰紋くんにしかできないことを頑張ってね。」
それを守ることになるのですから…。


〜Fin〜


9000HITキリ番で彰紋くんを主人公に書いてみました。遅くなってすみません。
彰紋くんの心の強さを書こうとしていたら、なんかちょっと後ろ向きじれったいところが出てしまいました。
あれっ、こんなはずではなかったのになあ。
えっと、ここでの花梨ちゃんは「1人を選ぶことができなくて」ノーマルEDを迎えて、現代に帰ってます。
彰紋くんが振られたわけじゃないのでご安心ください(笑)
甘い話を書くことができなくて、本当にごめんなさい。
こんなのでよければ鈴虫さんにささげます。