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 何気なく示される彼の思いやりに接する度、少女は飽きずに惚れ直してしまうのだった。

 やはり、この人が好きだ。
 そんな気持ちが胸の底から湧き上がり、百は又市をじっと見詰める。
 彼が言ったように、四階の教室へ人が近付いている気配はなかった。
 物音といえば、窓の外でたまに鳥が鳴き、風に枝葉が揺れる音が立つくらいのものだ。
 ここにいるのは、彼らだけだった。

「あ……」

 又市の手に頬を撫でられ、百の唇から声が漏れた。
 間近に互い目を見交わし、恋人としての距離で、他に誰もいはしないのだと意識する。
 この親密な空気の中、しかし彼女は、わずかなためらいを顔に浮かべた。
 ひと気がないとはいえ、ここは学校なのだ。公的な場所にあって、キスをしたいというのもどうなのだろう。

 そんな百の内心を察して、又市がふっと笑った。

「ここも、仮にも校舎内なわけだが、誰の迷惑になるわけでもなし、これくらいは見逃してもらいましょう」

 そのことばに、彼女は赤い頬のまま、小さく「はい」と答えた。
 慎重な又市の判断を、百はその前世から危ぶんだことはない。

 顔と顔がさらに近付き、彼女はそっと目蓋を閉ざす。
 その、相手を信頼しきった無防備なさまに、又市はまたも内なる衝動を抑え込むことになった。
 ここが校内でよかったと、逆に彼は思う。
 なにせ、想う人と二人きりの密室、近くに人影もないという状況だった。
 このような場において自分を制御するのは、いかに又市でもたやすいことではない。

 ――本当に、こんな無防備なところ、俺以外には見せないでくださいね。

 心の中でだけそう告げて、又市はゆっくりと唇を重ねた。
 窓の外から、新緑の香りを含んだ爽やかな風が吹き込んでくる。
 恋人たちの密やかなキスを知る者は、他に誰もいなかった。

 

<終>