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百の涙は止まったが、その顔には泣き濡れた跡がはっきりと見て取れる。
彼女は恥ずかしがって、目を伏せると鼻をすんと鳴らした。
又市は、彼女の膝に落ちたままのハンカチを取り上げる。
「後でこいつを水で濡らしてきますから、出る前に顔を拭きましょう」
この男の面倒見のよさは前世からのものだが、恋人となるとさらに甲斐甲斐しい。
百は礼を言うと、少し悄然として言った。
「せっかく又市さんに時間を早めて来ていただいたのに、こんなことになってすみません」
「謝ってもらうようなことじゃありませんよ。大体、今日だって用事っていう用事はないんだ。目的というなら、二人で過ごしたいっていうだけですからね。こっちの希望は、十分叶ってますよ。百さんはどうです?」
そう尋ねて、又市がそっと百の頬に触れる。
投げ掛けられた問いに、彼女ははっと瞳を見開いた。
世話をかけた身の申し訳なさから、つい詫び言が増えてしまう。
しかし、せっかくこうして持てた二人の時間を、それに費やしてしまうのも無為に思えたのだ。
彼女は傍らの又市の目を見返し、薄く染まった頬でにっこりと笑った。
「私も……又市さんと一緒にいられて、嬉しいです」
「よかった」
又市は破顔して、「俺も嬉しいですよ」と言い添えた。
かつて小股潜り――いわゆる詐欺師ともあだ名された彼だが、その二つ名を冠した当時から、つまらない嘘など言わない。
昔、百介にそう接したように、百にも誠意を持って告げた。
――素敵な人。
百は、何度目になるか分からないことばを胸に呟く。
又市は、前世から魅力的な人物であった。百介にとって、生涯の忘れ得ぬ人だったのだ。
その男の一つ一つが、今生で恋心を自覚した百の胸を、いつもときめかせる。