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 遠い昔、胸の内に取り残された感情が、そうやって昇華を迎えているのかもしれない。

 又市も、長年の想いをやっと果たせた感慨に、深い息をつく。
 前世で想っても手を伸ばせずにいた、対岸の人。
 あの夜、宿屋で泣く相手をただ眺めることしができなかった己。
 そんな過去の心残りが胸から消えていくのを、又市は感じた。

「又市さんのとこうしていると、安心します」

 ほうと息をついて、ようやく涙の収まった百が呟いた。
 自分を受け止める相手から伝わる体温や心音が、彼女を落ち着かせてくれる。
 少女のそれよりも硬い、骨張った体に包まれ、安心からつい眠気を催すほどであった。

 ――いけない。

 百はそう気を引き締めた。
 又市といると、彼女にはこうしたことがよくある。
 日常でも、並んで座った電車の中で、彼の肩によりかかり眠入ってしまうことも度々だった。
 そうしたとき、又市は構わないと言ってくれるが、やはり迷惑をかけているのではないか。

 相手の反応が気になって、百はそっと又市をうかがう。
 すると、常に不敵な彼には似合わぬ、何かを堪えるような表情と出会って、彼女は思わず身を起こした。

「あの、又市さん。私、つい甘えてしまって……すみません」

 又市が許容してくれるのをいいことに、馴れ馴れしい態度だったかと、百が慌てて詫びる。

 一方の又市は、言われて自分がどんな顔をしていたかに気付いたようで、苦笑して首を横に振った。
 そして、手をやって百の髪を撫でてやり、彼は口を開く。

「いや、そういうことじゃねえんだが。――これを甘えだとは俺は思いませんが、あなたに甘えてもらえるってんなら、いつだって嬉しいものです。その代わり、俺だけの役得だったならいいんだが。他の誰かに、そんな顔を見せちゃいやですよ」