13
「そうだったんだ」と思わずといったふうに呟き、彼女はハンカチから顔を上げる。
「又市さん、私、怖かったんです。考えるより先に、本当は自分でも分かっていたんですね。とっさに口をついて出るなんて。あなたが死んでしまったと思って、私は怖かった。あの夜、あなたの前で泣いたのは、又市さんが生きていたことに安堵したからでした。それは、嘘じゃありません」
「ええ、分かっていますよ」
百のことばに、又市は頷いた。
彼にも同じ記憶はある。
そして、いま彼女が言わんとしていることにも、察しがついた。
彼は百の涙に濡れた目を見返し、穏やかに言う。
「百介さんがあのとき、それまで泣けなかったと話していたのも覚えています。なら――百さんに残っていたのは、過去に泣けずにいた、そのときの心の傷なのかもしれませんね」
「そうです。きっと、そう」
うなずく百の頬を、涙が伝った。
ハンカチを握りしめ、眉根を寄せて彼女は言う。
「怖かった、悲しかった、又市さんがいなくなるだなんて嫌だって……そんな気持ちで胸が一杯になるんです。苦しいくらい」
「百さん……」
又市もまた苦しげな顔で、無意識に彼女へと手を伸ばそうとした。
だが、そんな自分に気付くと、動きを止める。
ややあってから、彼は「触れてもいいですか?」と百に尋ねた。
「はい」
少し不思議そうに彼女が答えれば、又市は椅子ごと身を寄せて、そっと指をやって百の頬を拭った。
優しい仕草に、思わず少女は息をつく。
目元に残る涙へ指をやりながら、又市は声を低めて言った。
「俺もね、あのときできなかったことがあるんです。こっちは傷じゃなく、心残りとでもいうべきでしょうが」