●書き下ろし ホットチョコレート・ハニー・バター・ホットケーキ サンプル5
ことばの意味を掴んで、南は顔を赤くした。
スポーツ特待生でもある南は――そもそもが未成年なのだから、当然といえば当然だが――煙草を喫わない。
なのに煙草の苦みを知るという、その矛盾を亜久津は揶揄したのだ。
この男がよくも言えたものだろう。
亜久津こそが、その味を南に口移しで教えたのだから。
――誰のせいだと思ってるんだよ。
南としてはそう言ってやりたかったが、それは、煙草の味を亜久津とのキスで知った事実に、自ら触れることにもなった。
口に出すには南らしい羞恥心が邪魔をして、口に運んだマグカップのホットチョコレートと一緒に喉の奥に飲み込む。
その時、小さな意趣返しを思い付き、南は悪戯に笑うと亜久津に言った。
「おれがほんとに苦いのは嫌だって言ったら、どうするんだよ」
悪戯というにもささやかな反撃は、南の予想外の反応を呼んだ。
亜久津が席から腰を浮かせると、フォークを置いて南の方へ身を乗り出したのだ。
空いた片腕をテーブルに突き、目を見開く南へ向かって、亜久津が堂々と言い放つ。
「今なら甘い」
そして、もう片方の腕を南に伸ばす。
説明不足の男だが、場の流れやこれまでの経験から、南には相手の意図を察することができた。
「お前、舌やけどしたの、大丈夫なのかよ」
「何ともねェ。もの食う分にゃ支障ねェよ」
「食うって……」
たちの悪い男の意味ありげな台詞に、ばか、と頬を赤らめたものの、結局南も腰を上げて身を乗り出す。
伸ばされた亜久津の手が南の後頭部に回り、近付いた顔と顔の距離をさらに縮めた。
互いにテーブルの上に身を乗り出した不自由な体勢で、唇を触れ合わせては重ね、また角度を変えてついばみ、じゃれ合うようなキスを交わす。
ひときわ深く唇を合わせてからやっと離れると、吐息を漏らした南が、ぽつりと呟いた。
サンプル 終