●書き下ろし ホットチョコレート・ハニー・バター・ホットケーキ サンプル3
「亜久津、ホットチョコもできたぞ。そっちに持っていくから」
「おお」
食卓にホットケーキの皿を並べていた亜久津へ声をかけ、南もシンクに置いたふたつのマグカップを取り上げた。
カップの中身は、湯気を上げるココア色の液体だ。
生クリームに牛乳、そして亜久津の嗜好に合わせてやや多めの砂糖を溶かした、柔らかな色合いのホットチョコレートは、彼らのバレンタインに定番の飲み物となっている。
使った手鍋やフライパン、ボウルなどの洗い物は、簡単に終えてあった。
運んだ揃いのマグカップをそれぞれの席に置き、南がエプロンを外す。
脱いだそれを座席の背にかけ、先に座っていた亜久津の向かいに座った。
「お待ち遠さん」
「じゃあ、食うか」
「ああ。頂きます」
ふたりで手を合わせてから、ナイフとフォークを取る。
数時間前に昼食を食べたはずであるのに、育ち盛りの健啖ぶりには影響がないようだ。
と、マグカップに口を付けた亜久津が、眉をしかめた。
「ツッ!」
「あ、熱かったか?」
入れたてのホットチョコレートが、まだ飲み頃ではなかったらしい。
バターの欠片を乗せたホットケーキに、蜂蜜を垂らす南が様子を窺ってくるのへ、亜久津はひとつ首を横に振った。
「大したこっちゃねェ」
「気を付けろよ」
心配そうに注意した南だが、次には自分の手元を見て驚くことになる。
気が逸れた隙に容器を強く握りしめてしまい、彼の適量を超えた蜂蜜がホットケーキの表面を覆っていたのだ。
「おれもやっちまった。人のことは言えないな。さすがにちょっと甘過ぎるか」