●書き下ろし ホットチョコレート・ハニー・バター・ホットケーキ サンプル2
軽くキスをしてそう言い、口にしてから、少し考える風情で沈黙した。
あまりことば巧みな男ではないが、彼なりに心情を伝える努力をするつもりらしい。
ややあって、再び低い声が言った。
「テメェの作ったモンなら、それがいい」
ことばを飾らないのは相変わらずであったが、伝えるということに留意するようになったのは、亜久津の進歩だったろう。
火を使って作業する南の邪魔にならないよう、きつく抱きよせることをしないのと同様に、これも南と過ごす中で身に着けてきた思い遣りの表れである。
南は、敢えて言い直した亜久津の考えを察して、嬉しげに笑んだ。
フライ返しを片手に、背後の相手の肩に頭をもたせかけて言う。
「ありがとう」
亜久津は答えず、黒髪に唇を落としてことばに代える。
そして、視線をふとフライパンに転じ、南に呼びかけた。
「オイ」
「ん?」
「生地、ブツブツいってんぞ」
「あ、ひっくり返さないと」
慌ててフライ返しを持ち直すと、背中に張り付く亜久津に油跳ねを注意して、南はホットケーキを焼く作業に戻った。
ふたりは、私立山吹高校の二年になっていた。今年の二月一四日は土曜に当たり、学校もない。
南は亜久津の家に、週末を一泊二日で過ごす予定で来ていた。
亜久津の母である優紀は、経営している店でバレンタインイベントを行う為、家を空けている。
彼女が腕を揮って料理を作り置いていってくれたので、彼らふたりでも食事に不自由はなかった。
南が作ったのは、午後のおやつとなるホットケーキとホットチョコレートだった。
食べ盛り伸び盛りの少年たちであったから、皿に積まれたホットケーキの量を見ても、一食分になるほどのボリュームだ。