●『ぎゅ』本文サンプル
「結果、出たぞ」
内心で不安を抱えた三週間も、過ぎてみればあっという間だった。検査の診断結果が記された用紙を手に、亜久津仁は自室で南健太郎と向かい合っている。南は、亜久津と彼の手にある紙を硬い表情で見比べ、黙ったまま頷いた。その緊張になど頓着もせず、亜久津が用紙をべらりと相手の面前にかざしてみせる。
「シロだ。何ともねェ」
検査結果の通知書を眼前に突きつけられて驚いた南だが、受け取ったそれを読み進むにつれ、亜久津のことばに理解が追いついてきたらしい。喉に詰まった息を押し出すようにして吐くと、両肩から力を抜いた。
「よかった……お前、ほんとに」
ここで、本来なら南に「心配をかけたな」「安心しろ」など、亜久津からひとことあってしかるべき場面だったかもしれない。しかし、神はこの男に突出した身体能力や野性的なカンを授けはしたが、ことばについては落丁の辞書を一冊与えたきりだった。その男が気の聞いたことなど言えようはずもなく、「ああ」と愛想もなくうなずいて終わる。ただし、口が足りない代わりに手は早かった。よかったな、とくり返す南の腕をつかむ。
「こっからは、触っていくぞ」
「あ、ああ」
「いきなり無理をさせる気はねェが、やることはやらねえと、オレがもたねェ。オレは坊主じゃねえんだ」
プラトニックには元より関心のない亜久津だ。心身ともにまともに機能している男が、恋人に手を出さないでいる方がおかしいのだとすら、彼は思っている。亜久津がどのように自分を求めているのか、南は了解している。了解した上で結んだ関係だ。だから、仲が進展するのは自然な流れだと、そう南も思っている。けれど、いよいよ性愛の方面に踏み込むとあって、物慣れない少年としては顔が赤くなるのを抑えられない。高まる緊張を抑えようと、南はとにかく口を動かしてみることにした。
「あ、今日、優紀ちゃんは……」
「店のイベント準備にかかりきりだ。向こうに泊まりになる。今日は帰って来ねェよ」
亜久津から即答が返る。万事抜かりはないというわけだ。南は、気恥ずかしさで動作がぎこちないながらも、何とか首を縦に振った。
「……そっか、う、うん」