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 ゴーン…。

  ゴーン…。

 寒い空の下、静かに鐘が鳴り響いていた。

 ゴーン…。

  ゴーン…。

 年の終わり…そして始まり。
 
「色々なことがあったなぁ…」

 オレは今年一年を思い返しながら、かじかんだ手で鐘を突く。

 ゴーン…。

 108の鐘…一つ一つが煩悩をうち消す音と言われている。
 けど…。

「108の煩悩を払うことを考えながら突くより、108の幸せを願いながら突いた方が良いよな」

 オレは振り返らずに、後ろに向かって言う。

「そうですね」

 声は返ってきた。

「おつかれさまです」

 伸びた髪で、まだ小さいけどなつかしいちょんまげを結っている少女。
 手にした魔法瓶の水筒をオレに向けて差し出す。

「あたたかい飲み物を持ってきました」
「ありがとう、あともう少しで108回突き終わるから──…」
「じゃあ、ここで待っています」

 ニコリ、とオレに笑顔を向ける。
 先に社務所の方へ戻っていてくれといいたかったけど、
 この笑顔を前にしてそんな野暮なことは言えない。

 ゴーン…

  ゴーン…

 静かに鐘が鳴り響く。
 舞奈の見つめる中、オレは残りの鐘を突き続ける。

「107回目っとぉ」

 ゴーン…。

 舞奈がじっと震える鐘を見つめている。

「何を考えてるんだ?」
「これまでのことを…そして…」
「これからのこと?」

 オレの言葉に舞奈はコクリと頷く。
 柔らかな笑顔。
 寒い空の下、心を暖かくしてくれる笑顔。

「舞奈、こっちにおいで」
「え?」
「最後は一緒に突こう」

 きょとんとした顔でオレを見る。

「108つ目の幸せを一緒に願おう」
「宮司さん…」
「最後の願いはキミと同じ物を」
「はい」

 舞奈は水筒を地面に置き、小走りでオレの側に寄る。
 そして、縄を握るオレの手に、自分の手をそっと重ねてくる。

「宮司さんの手…とても冷たい…」
「舞奈の手は暖かいな」

 二人でクスリと笑い、ゆっくりと縄を引く。

 ゴーーン……。

 108つ目の鐘が、夜の闇に長く鳴り響く。
 その中、オレと舞奈はどちらからともなく唇を寄せていた。
 冷えた唇に、舞奈の唇はしみるように暖かく、そしてどこか甘い香りがした。
 唇を離し、しばらく見つめ合う。
 舞奈は少し恥ずかしそうに目をそらした。

「舞奈、新年あけましておめでとう」
「はい。新年あけましておめでとうございます」

 108つの鐘を突きながら、願ったことはただ1つだった。
 ずっとこの時を…。
 舞奈と一緒に明日という道を歩き続けていきたい。

「宮司さん…」
「ん?」
「舞奈は…舞奈の願いはきっと宮司さんと同じです」

 全てを包み込む笑顔で言った。

「ああ、オレもそうだとおもうよ」

 そしてもう一度キスをする。
 長いキスを。

「あー、もうなんか見てらんないわねぇ」
「宮司様も新年もお変わりないようで」
「!?」

 不意に聞き覚えのある声がした。
 舞奈もびっくりした顔でそっちを見る。

「きょ…京華に有里さん!?」

 懐かしい顔が懐かしい衣装を身にまとってこちらを見ている。

「わたしもいますよ」

 手に林檎アメをもった凛もひょっこりとこちらに顔をみせる。

「え…あ…っと…なんで??」

「居ちゃだめなわけ?」

 少しムスっと京華が言う。

「いや、そういうわけじゃないけど…」
「年始の初詣は、夏祭り以上に大変ではありませんか?」
「有里さん…って事はみんなまさか…」
「そのかわり、美味しい物はちゃんとごちそうになりますよ」

 凛が林檎アメをチラつかせながら笑顔をむける。

「は…ははは」

 自然と笑いがこみ上げてきた。
 胸の奥から熱い物もこみ上げてくる。
 なつかし温もりがよみがえる。

「こら宮司ー! 鐘を突き終わったんなら早く本殿に帰ってこいー!」
「げ…あの声は…」
「多香子さんですね」
「仕事さぼって舞奈とイチャついてたなんて知ったどうなるかおもしろそうね」
「きっと新年そうそう血の雨ですよ」
「う…た、たのむから黙っていてくれ…」
「正月手当ははずんでもらうわよ」

 …それは脅迫だ…

「ふえ〜ん宮司さぁ〜ん、参拝の方がおまちですよぉ〜」
「なに!? 亜美のヤツ祝詞は任せて下さいって言ってたのに!?」

 と、舞奈がオレの手をきゅっと握った。

「ん?」
「宮司さん、いきましょう」
「舞奈?」
「皆さんが…沢山の人が願いをもってお参りにきてます」
「ああ、そうだな」

 オレはポンと舞奈の頭に手を置いて頷く。

「じゃあ京華に有里さんに凛、おみくじとお守り売場に向かってくれ」
「はい、かしこまりました」
「さぁ〜って、たくさんふんだくるわよ〜」
「出店は後のお楽しみですね」

 3人はそれぞれ、持ち場に向かう。

「じゃあ舞奈、オレ達もいこうか」
「はい」

 そしてオレ達も歩き始める。
 沢山の…。
 来た人の数だけの“ねがい”がまつその場所へ。

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