戻る
それは寒い冬のこと。
胸の躍る日。
心が喜びに満ち溢れる日…。
静かに降る雪。
【るぅ】「…わたしはルゥ…」
懐かしさと切なさが、胸の奥からこみ上げる。
遠い昔の約束──。
いつか見た夢…。
【りょはん】「知ってる…」
何度も何度も繰り返された光景。
頭の中で繰り広げられる幾重もの物語…。
ボクの知らない物語…。
【るぅ】「わたしも…知ってるよ」
でも…おぼえている…。
小さな幸せを願う二人の、悲哀に満ちた逸話。
炎でその身を焦がしながら、永遠の恋を誓う…そんな昔話…。
【りょはん】「はじめて……あうよね…?」
そしてボクは知っている。
【るぅ】「うん、はじめてや」
その物語の終わりを…。
長い時の中で紡がれ続けた、想いの終着を…。
だからボクは手を伸ばす。
【りょはん】「はじめよう」
【るぅ】「うん!」
幸せに満ち溢れた時間が始まる。
遠い世界で約束された時間。
ボクの手を握り返してきた彼女の手。
小さくて…柔らかくて…そして温かい手…。
忘れていたはずの感覚がゆっくりと蘇ってくる。
彼女の優しさ…。
彼女の温もり…。
彼女の香り…。
二人を1つにしてくれた炎と痛みも…。
あの時、それでもボク達に後悔はなかった。
恋をし続けるかぎり、きっと出逢うことができる…。
その約束は、こうして今果たされたんだから。
【りょはん】「ちょっと時間がかかってもたね」
【るぅ】「ううん…かまへん、ちゃんと逢えたんや…」
【りょはん】「そやな…ちゃんと約束守れたから、ええか」
【るぅ】「うん」
あの時最期に感じていた温もりを思い出す。
力一杯抱き締め、想いの全てを言葉ではなく、ソレで表した。
【るぅ】「…ぁ…」
彼女の方もソレを思い出したらしい。
少し恥ずかしそうに視線をボクから逸らすと、手を胸元にやりながら落ち着きなく俯いてみせた。
そんな彼女が可愛くて…。
言葉じゃ表せない切なさと愛しさがボクを突き動かす。
それはまるで自然な動き…。
彼女に一歩近づき、そっと手を伸ばす。
【るぅ】「ぁ…せんせ…」
【りょはん】「ちゃうやろ…」
手が彼女の頬に触れる。
冬の空気に冷たくなった頬はそれでも柔らかかった。
【りょはん】「もう先生ちゃう…」
【るぅ】「ぁ…」
オレの言葉にハッと何かに気づいたように目を開く。
そして次には穏やかな笑みを浮かべる。
手に入れた幸せを噛みしめるような、柔らかな笑みを。
【るぅ】「りょはん…さん」
照れた顔ではにかみながら言う。
【りょはん】「ああ…」
ボクは満足げに微笑みながら、彼女に顔を寄せる。
その意味を知るルゥは、当然の用に目を閉じボクを待つ。
聖なる夜の奇跡…。
彼女に架せられた全ての罪が許されて、本当の倖せを手に入れる瞬間…。
【りょはん】「ルゥ…」
微かな吐息が温もりを失う前にボクの唇に当たる。
近づく彼女の顔にボクも目を閉じる。
そして…。
ごん!!!
【りょはん】「うがっ!!」
強烈な打撃が脳天を襲う。
【母】「あんた! いきなり何しとんのぉ!」
振り返った視線の先には鬼がいた…。
【りょはん】「お…お母さん…」
【母】「お…お母さん…ちゃうわこのスカタン!!」
ごん!!!
更に追撃がお見舞いされる。
【母】「すみません、ウチの子が変なことしてもうて…ほらあんたも謝り!」
【りょはん】「う…ひっく…ご、ごめんなさい…」
【るぅの母】「るぅちゃん、行くで」
【るぅ】「あ…お、おかあさん…まって…」
【りょはん】「あ…るぅ…!」
【るぅ】「りょはんさん…!」
【母】「あんたも行くで!」
【りょはん】「わっ」
強く引っ張られる手。
捕まれたそこから、お母さんの怒りがヒシヒシと伝わってくる…。
きっと家に帰ったら、また怒られる…。
叱られることへの恐怖が喉の奥を萎縮させた。
彼女は手を引かれ遠ざかっていく。
ズキズキと痛む頭に涙が誘われ、視界が霞んでいく。
雪はただ静かに、街を白く染めようとしていた。
【店の親父】「あの…チョコレートケーキは…?」
ボク達の物語はまだ始まらない…。