誇りと偏見が私を分断するでしょう。
「これはこれは、聖戦士様。その後、お変わりないようでなにより。なにしろ貴男様の『血』と力が、我らの悲願と貴男様の目指す世界とするところの拠り所ですからな。お互いに───」
そう告げる老人の、闇色の盲執が、──嗤う。
希望を見つけその畔で、絶望が嗤うでしょう。
「何時か、いつの日かきっと、迎える事が出来ますよ、アルヴィス卿。貴男の望む朝を貴男の望む世界で」
もちろん、この私も尽力します。そう、微笑みながら語りかけてくる、──────に思わず私は───。
────っ、違う。自分はそんな崇高な人間では、ない。貴男の疑いを、迷いを、挫折など当然知らぬ眼差しが、道を照らさなければ、きっと───。
あなたの瞳から光を、誘う手から闇を賜るでしょう。
────はい、アルヴィス様。ディアドラはずっと、ずっとあなたのお側に─。
・・・・シグルド、様?何故でしょう?私、その方のお名前を聞くと何故だかとっても───。
アルヴィス様、私、その方と、お話を─。
あなたの光が私の闇を照らすので、私はあなたを憎しみの炎で灼くでしょう。
「こんな、こんなものが、こんなものが貴方の望んだ世界なのか!?
アルヴィス!!こたえろぉぉ!!!」
「殿下の娘が見つかっただと」
「はい。アグスティの周辺で記憶を亡くして倒れていたところを我らのしもべが発見、保護したのでございます」うやうやしく自分に頭を垂れてくるこの老人とは、かなりの昔、自分の体に他ならぬロプトウスの血が、流れていることを知って以来の関係だが、未だに何を考えているのか分からない時があるのも確かで。
例えば、今など、まさにそれだ。
「それで?」
何が言いたいのか、言われずともそれは分かる。だが、何かの『気配』は、した。
「それで?ですと、これはなんとも気の無いことを仰られる。王陛下が、バイロン卿をかばい立てする以上後ろ立てが欲しいのは道理。これ以上の人材はありませんぞ」
まるで、老人のその盲執を塗り固めたような、そんな奇妙な笑みと共に告げられるその言葉。何時も道理の、初めて出会った時から続く、この奇妙な主従関係らしきものの、その裏に何に望む?とは何故だか初めて出会ったその時から、一度も問えた試しはなく─、老人の、奇妙で蠱惑な笑みだけが頭から離れない。
「そう、ティアラに名が刻まれておりましたよ。確か、ディアドラ様でしたかな」
頭の奥で何かが囁く、これはなにか、とんでもない茶番だと。
突然、降って湧いた彼女との生活。茶番としては何処までも、間が抜けていても、それでも─、私の心は彼女の側にいるだけで歓びに震えていて。嗚呼、彼女は鷺草の花のよう。ヴァーハラ城の中庭でまるで、花を籠に抱えて売り歩く無垢な少女のようにあなたは歌う。その心にいるのが私なら、これはきっと素晴らしい茶番になる。だが、笑う少女はレーテの向こう岸の誰かに恋いこがれているのだと。
その視線の向こうにいるのは自分ではないと。そう、知ってそれでもまだ良かった。この茶番はきっととんでもないものだと、その時はまだ自分に言い聞かせることが出来たから。
だが、茶番と知っていたからといって、彼女の魅力が減るはずもなく────私の心は陥落した。
百の夜を飛び越えて、貴女の甘さを知って、そして、それから。
『アルヴィス様』と微笑みかけてくれるその君に、沸き起こる私の感情がある。
これが、恋? 熱に浮かされたように視野の狭い母上お得意の?
これが、愛? 独占欲が強い上に詩句上手な父上お得意の?
『アルヴィス様』微笑みかけられる私の心は知っては、いる。
彼女は、【魔薬】 一度、知ってしまえば。
やめるか、死ぬか
『アルヴィス様』微笑みかけられる私の心は知っては、いる。
これは、なにかのとんでもない茶番だと。
気付いた時、私は茶番の中で踊り狂って死にそうになっていた。だから、気にもは止めなかったのだ。彼女が何故記憶を失っていたのかを。そして、彼女の本当の笑みの向こうにいるのが誰なのか、という事を。
始まりは嫉妬。始まりは羨望。
彼女をしっていることへの─、自分の知らない彼女への─自分が持たない光への─、そして、彼女をきっと迎えにくる誰とは知らない『彼』への、羨望だった。
光持つ彼女の愛するひと。きっと、自分では届かないほど、希望を持っていることだろう。そうその彼は、一人で立ち上がれるだけの、希望をきっと。だから、もしも許されるのならば
少しだけ、貴方の希望の源泉を─
─すこしだけ、貴男の愛する人を私の側に置かせて下さい
見も知らぬ誰かに思わずそう心のなかでにつぶやいた。
────嗚呼、崩壊の香りが、する。
「反逆者の名はシグルドというのですか、『アルヴィス様』?反逆者なら怖いはずなのに私、このお方の名前を耳にするととっても・・・
─暖かい、─嬉しい、─愛おしい、─アイタイ、─逢いたい
頭の奥で何かが囁く、これはとんでもない茶番だ、と
頭の奥を何かが蝕む、茶番で終わらせてよいものか、と始まりは嫉妬。始まりは羨望だった。だけど、彼女の、その桜色の口が紡ぎだしたその名は──。
嗚呼、彼の瞳は私の、希望。
嗚呼、彼女の呼ぶ声が私の、ひかり。
嗚呼、狂いそうな、私の心は知っては、いる。
茶番は長く続かないからこそ、茶番なのだと。
「おやおや、これはこれは、アルヴィス様。まだ、ディアドラ様とは─ククク。貴男のご自由ですが、シグルドめがヴァーハラへ迫っていること、お忘れなきよう。準備が出来てない以上、彼奴がここへ来れば全ては終わりなのですからな」
どれ、私はランゴバルトをつついてくるとしよう。との言葉を残して、老人が消える。
終わる?この茶番が?
嗚呼、強欲な闇がどれほど広がっても。彼と彼女の希望とひかりは飲み込めない。希望か、ひかり、か。
─アナタは、私の望みの礎に、なってくれますか?
それはもう、どちらに対しての問いなのか、自分でも分からなかった。が、しかし、老人の残したその残り香に私は、──贖罪の刃の代わりに虚構の聖炎を手に取った。
嗚呼、何かの光が─、消える。そんな─── 予感が、した。
もう、どれほど前になるか思い出しかねるほど、久しかったその瞳は、相も変わらず甘美で。
あなたは、私の望みの礎に、なってくれますか?と馬鹿な問いをしたくなる。
嗚呼、私は貴方の光が欲しいのに、私の偽りは貴方を灼いてしまう。
「それには及ばぬよ。反逆者を陛下に会わせるわけにはいかん」
「な!?」
「お前はよく働いてくれたよ、シグルド。だが・・・、獲られる物のいない今、猟犬は必要あるまい。さらばだシグルド」
────────お待ち下さい
何よりも、王宮付きの楽師の奏でるその音よりも、心を引き寄せる、その色、その声。ああ、きっと、これは。もうどうしようもない茶番の終演なのだ、きっと。
終末を告げる鐘の声に、何処かで歯車の壊れる音がした─
「!?ディ、ディアドラ」
ああ。彼女を呼ぶな、その声で、その色で。あなたの蒼光は空のかぜ。その光に、人魚姫が足を得たのなら。私はその泡沫に溺れてしまう。
だから、だからあなたの───薫風をください。
「冥土の土産に教えてやろう。このお方はクルト王子のご息女であらせられる。罪人ごときがこれ以上のお目通り叶わぬ」
───────アルヴィス様、お願いです。そのお方とお話をさせて下さい。
そのお方は───
「ディアドラ様は少々、お疲れになられたようだ。・・・・衛兵!」
─ディアドラと喚く貴方の、必死に衛兵を振り払って貴方のもとへ駆け寄ろうとする彼女の、まるでその全てが理解できないように、神妙な、しかしどこか人を食ったような面もちで、彼女を城内へと警護する衛兵たちのその姿に・・・思わず、ローブを纏った盲執の老人を思い起こす。そう言えば、あの老人が出入りするようになるまで、城内にあのような者達が、居た、だろうか?
頭の中で、何かに警鐘が鳴っている。それが何に対してなのかは、もはや全く考えるまでもなかった。
だが、そのことを知っていても私は───彼女のひかりも、貴方の希望も、私の中の闇に、闇に居て欲しかったのだ。・・・例え、どんなカタチでも。
「さて、シグルド。先に逝った『我らの同胞』がお待ちかねだ」
嗚呼、もうすぐ貴方を食べられる。歓びに震える、私の心は知っては、いる。それは貴方の前には差し出すことも出来ない、薄っぺらな薄氷の闇色。ほんとうに、一体誰が自分の同胞だというのか。目の前の貴方のように、理想に命を懸けるでもない。
自分が退場させた、彼らのように、その身一つで、野望に生きるでもない。自分は闇の中にいてただ、貴方が訪れてくれるのを、待っていただけ。その存在のなんと、薄っぺらなことか。
グランベル帝国の初代皇帝には、冠が、無い。
夢を、未来を語り、法を共に護る者も亡い。
これが私の、茶番に茶番と知りつつ付き合った私への、その、代価。
「何故だ、何故!?何故、こんな馬鹿げたことになったんだ! 貴方があの時、語った夢は──世界は、こんな、こんな馬鹿げたものだったのか」
ああ。もうすぐ、私は貴男の疑いを、迷いを、絶望など当然知らぬ眼差しを、
無くしてしまう。
ねぇ、貴方。光無き、茶番の劇の中で、私は、一体、何処へ行けば良かったのだ。
ねぇ、貴方。光亡き、茶番の劇の中で、私は、一体、何処へ行けば良いのだろう。
誇りと偏見が私を分断するでしょう。
「お分かりになられますな、アルヴィス様。シグルドめは必ずや始末しておかねばなりません。そうでなくば、計画が破綻し、貴方様の『高貴な血』の正体が白日にさらされるでしょうからな。お互いに───気を付けたいものです」
闇色の盲執が──嗤う。
希望を見つけその畔で、絶望が嗤うでしょう。
「何時か、いつの日かきっと、迎える事が出来ますよ、アルヴィス卿。貴男の望む朝を貴男の望む世界で」
もちろん、この私も尽力します。そう、微笑みながら語りかけてくる、
──────に。
何が、自分の道標たるか、それさえも分からずに、行方のようとしてしれない道を─ひたすらに、歩む私を、貴方は馬鹿だといっそわらうだろうか。
あなたの瞳から光を、誘う手から闇を賜るでしょう。
────はい、アルヴィス様。ディアドラはずっとあなたのお側に──。
・・・・シグルド、様?アルヴィス様、お願いです、あのお方とお話をさせて下さい、少し、少しだけで───。
私のディアドラ、お願いだから、お願いだから、これ以上、絶望を撒かないで。絶望は、自分の撒き散らした、堕ちたほむらの中だけで───
あなたの光が私の闇を照らすので、私はあなたを憎しみの炎で灼くでしょう。
こんな、こんなものが、こんなものが貴方の望んだ世界なのか!?アルヴィス!!こたえろぉぉ!!!
─嗚呼、揺らめく炎の中に、
─望んだ夢と、歪んだ今が、集うので。
─私は、貴方を、──背徳の炎で、灼くでしょう
「っ、ファラフレイムッ」
────────そして、世界に闇が満ちた。
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