あれは、一体「何」だろうか。蒼い髪と、瞳を持ち、強く、高貴、美しい、ソレは。しかしひどく単純な名前であったはずだが、思い出せない。ソレが光の剣を振るうたびに、数え切れない程の赤が咲く、その赤を纏し美しさ、しなやかさときたらまるでケモノのようで、・・けもの?、そうあれは獣だ。そのひらめきに、まるで今まで誰も解読出来なかった古文書を、読み解いたときに近しい歓喜を得て、そして、それから、じっくりと、獣が、私に向かって、剣を、振りかぶるのを見た。
「初めまして」とでも、言いたくなりそうな故郷とやらの空気は、確かに、まこと故郷である常若の国の持つそれと似通っていて、自分の手が余りに赤くなってしまったこと事を、まざまざと感じながら、ふと日中の戦闘を思いかえした。
─それはそれは、アリガタイ『聖剣』とやらを振りかぶって自分は、嗤っていて。真っ赤に染まった手を抱えながら、愉悦に狂った剣を振るっている。その姿はまさに、蒼いケダモノいや悪魔を彷彿させてくれて。・・・とても、吐き気が、する。
─僕の手が光の導き手?ホントニ?・・・いいや、本当はみんな気づいている。僕が一番うまく殺せるって。ほら、みろよ彼らを笑っているじゃないか
「あの皇子さま、光の皇子とか言われちゃいるが、俺達より真っ赤な手ぇしてんじゃねえか」って。
────ソウダヨ、ダッテソウシムケラレテキタンダモノ。
ダカラ、ボクヲミステナイデ
そんなことを思いながら、月の光に手をかざし故郷の緑の風に愛撫させる。再びその手を見て、その手がやはり紅いことに少し歓喜し、少し落胆する。
そんな事を何度か繰り返しているうちに、自分を呼ぶ声が風に乗ってやってきて、聴覚は幸いにも?健全らしいことに一人苦笑しその声が、どうやら愛しの剣の王女様らしいことにすこし安堵する。
「セリス様、こんな所で何をなさっておられるのですか」
─泣いていたの。自分がわけの分からないお化けになっていっちゃうから。
「別に何も。ただぼーっと風にあたるのもいいかと思って」そういって、笑いかける。・・・うん、だいじょうぶ・・呼吸は、乱れてない。
─ウソツキ。本当はタスケテって泣きつきたいくせに。
「うそ」
「嘘じゃないよ」
「嘘。だってセリス様泣きそうな顔されてました。どうして?私はあなたにとってそんなに・・」
ああ、そんなこと言わないで。言われたら・・・とも危ういバランスの僕はたやすく崩れてしまう。ああ、違う。考えたのはそんなことではなくて、彼女に崩されたいのだ、本当は。その瞳でその腕で。そう彼女にもっと頼っていいことも、分かっては、・・いる・・はずだ・。
でも、だけど、
────ダッテ、ナイチャダメッテイワレタモノ。
────ソレガ、アルベキスガタダッテ。ダカラ、ソウシンジタ、ソウシテキタンダ
────ダカラ、ソンナニミツメナイデ。『セリスサマ』ガコワレチャウ。
気が付けば、いつも側にいてくれて支えてきてくれた彼女の瞳が今までにないほどに、自分の近くにきていて。逃げ出してしまいたい気持ちの足のかわりに、目だけをそらす。
「わたしでは、支えになれませんか?」
そんなことは、ない。と叫びたい、叫びたいのだけれど。自分には口がなく、そのかわりに口代わりの人間があって。その彼らが自分によせる期待に、自分の想いは毛の先程も告げられない。
涙が、出た。
瞬間、彼女は少し驚いたような表情をみせてそれから僕を、ふわりと風のようにつつんでくれた。その暖かさにまた涙して、僕は、今まで口にするのが恐ろしかったその言葉を口にした。
「怖いんだ、本当に」
「怖い?」
「・・・・今まで、誰にも、オイフェにもシャナンにも、レヴィンにも言ったことはないけれど、僕の中には何か訳の分からないどす黒い何かが渦巻いていて、そいつが戦いになると必ず声を上げるんだ。もっと殺したい、もっと奪いたいもっと血を命をスワセロって。『聖剣』を手にしてからその声はますます大きくなっていて、今日きっと僕は笑ってた・・・。笑いながら剣を振りかぶってたんだよ!!みんなは僕のことを光の皇子だとか、希望だとかいうけれど、きっと血が教えてくれているだけなんだ、こうすればもっとうまく殺れるって!!・・・きっと殺しちゃうんだ・・みんなのことも・・だってアイツは日増しに僕の中で大きくなっていっちゃうんだもの・・みんなのこと、ころしちゃうんだ、きっと。・・・怖い、・・・こわいよ」
もう、自分でもなにを言っているのかわからなくなってきて、最後のほうは完全に泣きわめいてしまったけれど、そう言ってあたりちらされたはずの彼女は今まで、見たこともないくらいやわらかな笑みを浮かべていて、何を言ってくれるでもなかったが、僕の涙にふるえる体をぎゅっと抱きしめてくれた。・・・ただ、ぎゅっと、抱きしめてくれた。
そこからさきはまさに、ゆめのなかのできごとのようで、どちらからともなく唇をよせたかと思えば、絡み合うようにしてシーツの海へたおれこんだ。実のところ、彼女とそうなった理由は自分でもよく分からなくて。もちろん自分が心ひそかに彼女とそういう中になりたいと思っていたのは確かだし、彼女も同じことを想っていてくれたのだと思う。思うが、何故今そうなったのか、と問われれば、僕が堰をきったように泣き出したからではなく、彼女が抱きしめてくれて僕も抱き返したからでもなく、僕が泣きさけんでいたのが僕の部屋近くのテラスで、僕の部屋のベッドが無意味に大きかったからでもなく、僕が「貴女を愛してる」などと気取った態度で、彼女の耳に囁きかけたからなどでは当然なく、(そんなよゆうなんかないよ・・)
僕が「こわいんだ・・今日は、ひとりにしないで」などと言ったからでも・・・・いや、言ったかもしれないが、とにかくお互いにとって今必要だから、としか答えようがなかった。
ただ、頬を染める彼女、純白のシーツ、純潔、錯乱する自分の頭、衣擦れの音、嬌声、お互いの鼓動、獣のにおい、そのすべてが心、暖かくて、安らかで、心地よく、何よりいとおしくて、なにもかもを、満たしてくれた・・。
「分かってもらえました?」
僕に自分の鼓動を聞かせるように、僕の頭を抱き寄せて彼女が言う。
「あなたの声が、笑顔が、悩みが、喜びが、苦しみが、怒りが、涙が、そして愛が、あなたを構成する全ての要素が、わたしに希望や、勇気や、信念や、喜びや、愛、その他全てのわたし私を強くする力を与えてくれること。だから、もう、一人で泣かないで」
彼女がそういってくれた歓喜に、僕は、何も言うことが出来なくて、ただ彼女の胸により一層強く頭を押しつけて、また泣いてしまったけれど。そんな僕の頭を撫でてくれる彼女の手が、また温かくて。
─僕は優しい眠りに包まれた。
きっと戦いはこれから激化の一途をたどっていって、僕はまたあの聖剣を握るのだろうけれども、彼女がいれば、きっと。
もう、あの紅い夢は見ない。