ラクチェとシャナンのおしめな関係

そもそも、これについての考察は
どこかに面白いサイトはないかなあと、サーフィンしていたところ、発見したのが始まり。発見当時は、これに関して考察しているサイトは結構あり当然ながら、意見は真っ二つに割れていた。この考察は、結局のところ、シャナン×ラクチェが好きな人と、それ以外のカップリングが好きな人の討論になることが多数でであったように思う。
曰わく
・シャナン×ラクチェ派
シャナンは王子様なので、オシメは変えなかった
よって恋愛は成立する。
・Other×ラクチェ派
逃亡中の身であり、王子だからどうこう言える状況
になかった、オシメは替えており恋愛には発展しない。
と、いうのがまあ極めて要約した意見でした。
この意見対立の構図を見たとき、かなり疑問に思ったのは、そもそも前提がおかしいのでは? ということです。
恋ってそんなに頭で考えてします?
自分がおしめを替えていた子供に惹かれている・・。もしかして俺って変態なのか・・。うう・・いかんいかん、な〜んて感じで終わってしまうのならそれは最初から惚れてなどいなかったのでしょう、ただの興味ではないのでしょうか?
本当にその人を愛していると言えるなら、おしめを替えたかどうかなんて、問題にならないと思えません?本当に愛があれば、歳の差も、国境も、周囲の好奇の目も、言語でさえも問題とはなり得ない。そう、本当にハッタリでも何でもなく、例え世界を敵に回しても,怖くはないと胸を張って言えるもの。
つまるところ個人的には、恋愛においておしめを替えたかどうかは、問題となり得ないと思うのですが、いかがでしょうか。
ところで、純粋にシャナンがおしめを替えたかどうか?についてだけ考えると、これは替えたと思う。ティルナノーグ以前で,あまり落ちつく場所があったとは思えないし、1部でイザークへ行く時点ですでに追われる身、ということを考えると、王子だからどうのこうのとは言ってられなかったのではないだろうか。
目立たない事を考えると、人員的にもあまり大所帯で移動するわけにはいかない。せいぜい馬車1台程度が限度、お供もトリスタンをはじめせいぜい2〜3人が、限度ではないだろうか。あまりに、みすぼらしいと思えるかも知れないが、逃避行というものは大概にして、そういうものなのである。