夜のとばりもおりた森の中、少女は自分の口から湧き出たる言の葉を、半ば他人事のように聴いていた。
「では、なんらの手出しもされないおつもりですか?」
「そうだ。汝は我らがどこまでも部外者であることを理解すべきだな。でなくば・・・・・・」
「彼の者と、あの悪魔めと同じだと、」
「そうは言っておらぬ。だが、それもあながち的はずれな答えではない。ありのままを受け入れるのだ、若き者よ。今となっては、それが我らに許されるただ一つのこと」
「では、我らが主よ、人はこのまま大陸から消えてもよいとお仰られるのか、我らの愛しき子らを」
「もし、このまま人という種が消えてしまうのなら、それも世界のあるべき姿なのだ。あの時とは、全てが違うのだ─────よ。『彼ら』と彼らは違う人間だ。あの時と、今ともまた『時』が違う。見よ、あの者でさえあの時とは違う。疑いを、痛みをあきらかに知って苦しんでおるのだ。全ては少しずつだが、良い方向へ向かっておる。それは汝にも否定できまい。ならば、我らが為すべきことは退場の準備だ。過干渉ではない。汝よ、為すべき事を為せ」

緑の風の─、若きりゅうは、それでも納得がいかなかったが、主の少しずつだが良い方向へと向かっている。という言葉には彼自身成る程、納得できたのでとりあえず『選択』に関してだけは関わる事をやめてみた。






 その日の解放軍の朝は完璧な静寂をもって迎えた。
解放軍の目的はいまや、ユリウスを倒しヴァーハラ城を制圧することのみ。だが、差し当たっての問題は目の前に陣取っている12魔将。たったの、12人。しかしてそれは純然たる驚異で。彼らは、ヴァーハラ城をその中心に円方陣形をとり、円の中に入ろうとするとその力でもって文字通り殲滅するが、自分達からは一歩も動かない。
それどころか、弓や魔法といった遠距離からの攻撃など、避けもせずまともに食らう始末。実際、何度も何人かを殺したのだが、まるで何事もなかったかのようにそこに立っている。
その顔は青白くて生気がなく、覇気もなく、ただ立っているだけで、瞬きどころか呼吸しているのかどうかも怪しい。少なくとも、赤い血は通っていないようだった。


────それはまるで、人形の『結界』


「レヴィン、どうすれば、一体どうすればいいんだ」
「連中は、円方陣形をとることで、ヴァーハラから送られるユリウスの魔力を最大限に利用している・・・。理想は誰か一人を突出させて、円方陣隊形を崩し、しかる後に各個撃破することだが・・」
「でも、それは・・・」
「そう、不可能に近い。ならば、『人形』はひとまずおいておいて、繰り手を先に倒す、言い換えれば、陽動だな。幸い、個体の思考能力は無きに等しく、ヴァーハラを守ることしか行動原理にない。勝算はかなりあるが」
「・・・あの強さ、か。倒すのではなく、引き付けるとなると相当の被害を覚悟しなくちゃならないね」
「・・・それは、お前の覚悟次第だなセリス?いや、お前が守るべきはどちらなのか、というべきだが」
言い捨てる軍師の声色は氷にも似ていて
「それでも、それでも僕は、全てを守りたいんだよ」
呟く少年の声は嘆きにもにていた


────ナーガを動かせ。と彼の人が言いたいのは知っている。


だけど、だけど兄を殺せと妹に、どうして兄が言えるだろう。






 なんとなく、本当になんとなくだった、本陣のテントに近づいたのは。昨日、自分の中の彼と彼がした会話がなんとなく気になって、レヴィンを探していたのだ。だから、なんとなくレヴィンの定位置といったイメージのあるセリスの本陣のテントへと向かったのだ。そこから、漏れてきた彼の人の声は。


『ナーガの力があれば』


思わず、その場から駆けだしてしまったのだがやはり、音をたててしまったようで。もとより自分の足で彼を振りきることなど出来るはずもなかったが。
「今は待機命令が出ていたはずだが?今がどんな時か分からぬ訳ではあるまい」
何故お前は動かないと憎悪にも似た苛立ちが、言葉の端々から感じ取れて笑いうぃこらえるのに必死。昨日の話の一体、何を聞いていたというのか。小娘にすら考えを見通される素晴らしき軍師。自分ほど人間ではないから、人の想いからは遠く、ここが昨夜話をした場所で、かつあの時自分も意識を保っていたことなど想像もつかないのだろう。彼の人は言った「人の手に委ねられるべきことだと」ならば、


「そんなことは問題ではないわ」


そうそんなことは問題ではないのだ。正しいか、正しくないか。それはたいした問題ではない。あれが兄の自我なのかそれともロプトウスなのかどうかも問題でない。兄妹として過ごした年月の長さなど論外だ。私の中にいる彼は、世界は少しずつだが良い方向へ向かっていると言った。それは、事実だ。ならばここで自分が何かの行動にでなくとも全ては終結するのだろう、あるべき姿に。
だが、それで自分自身が納得できるかどうかと言われれば、それは疑問だった。


『納得』


問題の根本原理は全てここにあって。

ある日突然、貴方の兄は狂って世界を壊しはじめました。世界のためです、殺しなさい。それで、納得できるか、否か。答えは、最初から決まっている。納得など、出来ようはずもない。そう、そうなのだ、例えロプトウスに乗っ取られようと、兄は兄。確かに、自分とユリウスがヴァーハラ城の中庭で遊んでいて、それを見守るとおさま、かあさまの記憶が確かにあって。それを思い出しただけで自分の心はこんなにも暖かくなる。例え狂ったからといってそれまでの10年間が消えて無くなることなど、ありえようはずもなくそれに関して他人に口出しなどされたくはないのだ、絶対に。それに、自分は知っている。優しい兄の、ユリウスの意識の断片が今もなおあの魔物の中で、足掻き続けていることを、彼に操られた時に知ったのだ。「許して、ユリア」と、確かに自分は確かに聞いたのだ・・・だから、戻ってくることができた。
ならば、自分が彼を信じなくて一体、誰が彼を信じるというのか。
だが、自分がユリウスのもとへ戻ったとて、すぐにそれでどうなるとは思えないのもまた事実、そして事態は差し迫っているのも事実だった。もし、自分がここでユリウスの許へと戻れば、彼はあの優しい声で告げてくるだろう。


「セリスを殺して」と。


確かに、セリスと兄妹として過ごした時間は短い。最初は兄妹だという事に気付きすらしなかった。だけど、そのかわりに女の目で彼のことを知ることができた。自分達と同じ、闇の血族の血を引いていてもそれでも、気高く、哀しみを知っているひと。何よりも、守らなければならないとはじめて出会ったその時から知っている。それでも、あの時の自分には兄を守れるだけの力がなくって、それで、彼に守られてばかりいたのだ。だけど、やっと自分の力に目覚めてそれでやっとあのひとを、兄を守れると──────思ったのだ。
その兄を殺せと、兄に言われたからといって納得、できるだろうか?
答えは、否。断じて、否だ。
納得、などもとより出来るはずもない、だけど時間は迫っていて何らかの答えは出さなければならない。
嗚呼───、



可哀想な兄様、貴方は全てを護りたいのに、貴方自身には闇を払うその武器がない。
可哀想な兄様、貴方は全てが欲しいのに、かの雷神様も去ってしまってもう、貴方の側には『何も』居ない



わたしは、何時も、誰かの背中で守られてきたから、もう、全てを決めなければならない。



       『守るべきか』            『護るべきか』