こっそり(?)放置の断片。
完成するか未定のもの。
誰かが気に入ってくれたらやる気が出るかなあと、
非常に他力本願に設置中です。




『動物王国ネタ』

 その日、ギギナは嬉々として運命の出会いを果たした少女を抱きかかえていた。
 客観的に形状を説明するなら、彼女は小型の箪笥。既にぬかりなく目算し、事務所の扉を通るサイズだと確信済みだ。かつての忌まわしい過去を忘れてはいない。
 ギギナがガユスに購入した家具を見せ付けるのは、嫌がらせというより宝物を見せびらかしたいからだ。うきうきする心理は、気になるあの子に綺麗なものを見せてあげたいという子供じみた好意が根底にある。それが全く伝わらないのは、例えばやんちゃな少年が、可愛い少女に昆虫や蛇のぬけがらといった素敵な宝物を見せて泣かせてしまうのと同じこと。そして基本的には悪意がない行動であるが故に、反省する必要も感じない。
 うきうきと事務所の扉を開けて。
 足取りも軽やかに、内部へと滑り込む。見る目のない男がぎゃーぎゃーと喚く可能性もあるので(いや、ガユスといえども彼女の愛らしさには心奪われるかもしれない)動きは大胆かつ慎重に、気配は極限まで殺している。入るまでに気付かれると、面倒なのだ。
 しかし素早く視線を向けた事務机の前にガユスの姿は無く、拍子抜けしたギギナは何だか詰まらなく思いながら机へと近付いた――の、だが。
 ぎゃわん、と。
 足元から、短くも大きな悲鳴が上がった。
 思わず洩れた叫びは、非難を込めた意図的なものではなく、完璧に反射的なものだったと思う。誰の断末魔かと驚くほどの、平時にガユスをからかって聞く時の吠え声とは質が違う叫び。
 踏みしめた足の裏には、ぐにゃりとした感触。そして突然発生した小動物の苦悶の声に、ギギナは驚いて動きを停止。その隙に、足元から小さな影が走り去っていった。
 素早く逃げた、と評してやれない鈍い動作は右の前脚をひきずっているせいだ。赤色の毛皮のイキモノは、ギギナが事務所に持ち込んでいる大きな食器棚の下の、小さな隙間に滑り込む。普段なら親族に近寄るなと咎めるところだが、明らかな逃走の意図と前脚を庇う動きの関連性に気付いてギギナは珍しくも少し動揺していた。
 柔らかなものを踏みつけたはずの床を見ても何も落ちてはおらず、足元から上がった悲鳴と走り去った獣とくれば事故が発生したと察するのは容易い。そう考えて思い出せば、フェネックの前脚はおかしな方向に曲がって膨れてはいなかったか。
 打撲どころか単純骨折すら通り越し、粉砕骨折に至っていても不思議ない重みを預けた自覚があるギギナは、焦り気味にガユスの姿を追った。食器棚の前に跪き、その下に隠れたガユスを窺う。覗き込んだ先で、小動物は耳を伏せて牙を剥きながら精一杯に威嚇していた。
 躯が傾いているのは、三本脚で全身を支えているせいだ。微かな血の臭いが鼻につき、ギギナは眉をひそめて手を伸ばす。理性を失っているのか、治療を要求もせずに逃げ出した獣を引きずり出そうと思ったのだ。こんな場所に篭られては、咒式が届かない。
 しかし混乱しているガユスは、もしくはわざとギギナが攻撃したと思っているのか、奥の壁にへばりついて、触られるのを拒絶している。宙に浮かし気味の前脚なら無理にもつかめるだろうが、傷を負った脚をつかめば更に盛大に悲鳴があがるのは間違いない。すぐに治せるとしても痛みを感じた記憶まで消せる訳ではない。完璧にこちらが原因の事故なだけに、そこまでの無体は躊躇われた。
 箪笥を抱えていたので前がよく見えていなかったギギナは、恐らく涼しい床にへばりついて昼寝中だった小動物に、本当に全く気付いていなかった。欠片なりと気が付いていれば、そんなことはしなかった。人型でさえ細いガユスの変じるフェネックは、片手でつかめる小型の獣だ。その骨の軟さといったら、人間時よりも劣るのだ。平均的成人男子でも持ち上げるのに苦労する大型単車並の重量が圧し掛かればどうなるか、考えるまでもない。
 ある意味では、ギギナは安堵すら覚えていた。もしも踏みつけた場所が腹や頭といった重要器官であったなら、本当に洒落にならぬ事態に陥った可能性がある。まだしも前脚ならば治療すれば済む部位だ。もっとも治療可能な部位だからこそ、ガユスは行き過ぎた嫌がらせと思い込んで警戒しているのだろう。食器棚の下にもぐりこんで唸り声を上げる仔狐は怒りつつも怯えており、毛を逆立てたその姿は人間の尊厳を忘れたようにすら見える愛らしい小動物ぶりだ。
 壁にへばりついて出てこない相棒に、ギギナはさすがに困惑する。
 自分がつけた傷、という以上に、放っておいて自然治癒するような軽傷ではない。しかし、愛玩動物は断固として飼い主に触られたくないらしい。その態度が生意気というより哀れに思えて、珍しくも少しばかりギギナは反省した。
 そして、だからこそ放ってはおけぬので、立ち上がるとガユスが隠れ潜んでいる食器棚をつかんで軽々と持ち上げる。安全の為に数メルトルの距離を置いて、棚を置きなおすと、急に明るくなった視界に呆然としていた仔狐が我に返って再び逃走を開始――するのを背後から手を伸ばし、動きの鈍いガユスをすくいあげた。
 ビクついて大きな耳を伏せるフェネックに苛立ちを覚えるのは、そこまでギギナが信用できぬのかと思うから。ギギナが本当にわざと踏み潰そうとしたと信じているのなら、それはかなり不本意だ。
 手にしたネレトーを、おかしな方向へ曲がった前脚へと近付ける。途端に身体は明らかに強張り、尻尾がくるりと丸まってギギナの腕に絡みついた。
 逃れたいのかすがっているのか微妙な反応が、やたらと可愛らしく思えてしまう。
 思わず力一杯抱きしめたくなる衝動を抑え、意識的に無表情を保ちながら、ギギナは治療を開始した。

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30
ようやく3ページ目のラスト。
実は本更新にしようと思ってたのですが、題名が思いつかないのでこちらに。
……結構、そういうパターンでここに置いてます(笑)
段々発端を忘れかけてるのですが、ふたば嬢と話してて出来たネタだった、はず。
彼女の足を踏みつけたんだったか……ごめんなさい。何度もやりました。他の人もやりました(汗)
(06/08/28)



すぐ横で無防備に眠る男を見ていると、無性に苛立つ瞬間がある。
こんな弱いイキモノに、どうして関わり続けているのか馬鹿らしくなってくる。

「ん……」

滲み出た殺気に反応して、ガユスが小さく呻いた。
ごそごそと寝返りを打ち、しかしてギギナに顔を向けて落ち着いてしまう。
眼鏡を外している所為か、寝顔は稚ささえ感じさせる。湧き出る感情は名づけるなら、柄にもない庇護欲であり相反する加虐心であり。
相棒と記号をつけただけで、自分のことを解ったつもりになっている男に、愚かさを思い知らせてやりたくなる。
自分がどれだけ危険な獣の前で急所をさらけ出しているのかを。

首筋にそっと手を伸ばし、僅かに力をこめればいいだけの位置まで近付いて。
けれど、今日もその手はそれ以上は動かせない。

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29
その感情を理解せず、無性に苛立ち殺してしまいたいくらいで。
それでも、穏やかに眠る相手の安らぎを乱すのは躊躇われて。
アンソロ中の落書きです。いえ別にこういう話ではないんですが……とりあえず、更新に飢えてますので思わず。
(06/08/27)



 事務所の仮眠室にガユスを連れ込むのは、特に珍しい事態ではない。
 大抵は就業時間の後に、気が向けば明るい内からでも、ギギナを誘惑しておきながら「そんなことはしていない」と主張する青年を可愛がっている。
 相棒との行為はコミュニケーションの一環であり、時に飼い主を忘れて自縄自縛に陥る飼育動物を慰撫するためでもある。そして当然、繋がりあって好意を確認しあう意味があり、単純に快楽を分け合う行為でもある。
 互いを貪りあい、昇りつめた直後だけは、ガユスも酷く幸せそうな顔をしている。
 快楽に酔いしれた表情は、扇情的であるのに稚く無防備に見えて、もっと甘やかしてみたくなる。そうやって安らぎを与えれば、日頃は憎まれ口ばかり叩く青年も、腕の中で穏やかに眠るのではないかと思う。
 行為が終わるとガユスは、余韻を楽しむ間も無しに寝台から去って行く。それがギギナには不満だった。
 満足しただろうと彼は嘯くが、躯だけが欲しいのではない。その身体に欲情する事実を隠すつもりはないが、事後にただ身を寄せ合って眠るような他愛ない触れあいも好ましい。しかしガユスはギギナの言葉を信用せず、ヤり足りないなら娼館にでも行けと吐き捨てる。もうこれ以上、相手をするのはごめんだと。

「ガユス」
「なんだよ」
「――好きだ」

 甘く囁きかけると物凄い顔で沈黙された。例えば自宅の扉を開けたら中にアルターが居ただとか。絶対に、有り得ないはずの事態に遭遇した時の表情。
「すっごいサービスだな。まさか普段と桁違いの請求書でも隠してるのか?」
「……何故そうなるのだ貴様は」
 憮然として相棒を睨みつけて。酷く不安気な表情に気が付く。何故それほど怯えて萎縮しているのかわからない。宥めようと頬へ手を伸ばすとビクリと身を縮められた。
 ひょっとして、自分は全く信用されていなかったのか。
 予想してはいたが、不本意な事実を悟ってギギナは少し不機嫌になる。
 口先で何と罵り合おうと、互いに好意があるのは解っていると、解り合っていると思っていた。その『好意』の種類が執着や独占欲を伴う依存であり、限りなく恋情に近いものだとも相互に理解していた、つもりだったのだが。ガユスはギギナの想いをまるで理解していなかったらしい。
「……ガユス」
「あ、うん、急用を思い出したから帰る。じゃ、その、また、な」
 手早く服を着ると、シャツのボタンを止めるのもそこそこに、ガユスが逃げるように立ち上がる――いや、逃げだしたのだ。理解しがたい言葉を吐くギギナから。
 ギギナが幾許かの葛藤をも覚えながら自覚した感情を、ガユスはどうあっても認めないつもりらしい。それでは事後の戯れを拒絶したくもなるはずだ。自分だけが一方的にギギナに好意を持っていると、だからギギナに弄ばれても構わないと思っているのなら。
 ばたばたと大きな音を立てながら、事務所からガユスが出て行く気配がする。全く、何処へ逃げるつもりなのか。彼の自宅は此処ではなくても彼が還る場所は此処で、他に何処へも行けはしないのに。
 無駄に足掻く、青年の潔くない行動は不愉快だった。しかし開かれた窓から、眼下を脱兎の如く逃げ出していく可愛らしい獲物を見つめて機嫌を直す。アレを捕獲して躾け直す楽しみは、きっとこれまでのどんな闘争より自分を興奮させてくれる。自分がどれほど飼い主に愛されているか、愚鈍な愛玩動物に思い知らせてやらねばなるまい。
 さぁ狩りを始めよう。獲物は既に放たれた。
 この狩りの成功は、自分だけでなく彼をも満足させるはずだ。


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28
久々の断片追加。さて、ここを確認してくださる酔狂な方がどれくらいいるものか。
どうもやはり、この手のすれ違いパターンが基本らしい……
(06/08/08)




『ずっと』

 地面に倒れこみ、荒くなった呼吸を整える。エリダナ郊外で朝から晩までシゴかれていたので、体力は限界に近い。ちなみに、本日も清々しいほどギギナには敵いませんでした。
 ぼんやりと見上げた空は藍色に染まり、郊外ならではの美しい星空が広がっている。満天の星々など、灯火の多い市街地ではまず見られないものだ。
 ふと今日という日がいつであるかに思い至る。
 以前、東方出身の知人に聞いた御伽噺。何処か哀しく切なくも甘い、他愛ない恋物語。
「今日は七夕か……晴れて良かった」
「何のことだ?」
 闇の帳に閉ざされてわかりにくいが、不思議そうな顔をしてるんだろう。怪訝な声で尋ねてくる男の方を、しみじみと眺める。
 一応ではあるのだが、奴と認識が同じかは激しく疑問だが、ギギナと俺とは相棒以上の関係であって、ひょっとすると恋人……未満くらいは主張できる、ような気もしないでもない。しかし、もしも、あぁもしもだが。
「ギギナと年に一度しか会わずに済んだら、もっと人生楽しいだろうなあ」
「……何の話だ」
 微妙に声が低くなる。また訳のわからんことを言い出したと思ってるな。互いの思考が理解できないのは、お互い様だと思うぞ。
「どうして不機嫌になってるのかな、ギギナさん。そんなに俺と離れ離れになりたくないの、か……っ!」
 例によって最後まで口に出す前に、ネレトーが銀光を放ちながら回転したので場所を移動。躊躇なく振り下ろされた屠竜刀をおとなしく眺めていたら、うっかりと斬首されていたところだ。
「―――それで」
「え、それでって……七夕のことか?」
 さっさと話せと無言の圧力。何が気になるのか話を流すつもりナシの男に、仕方なく東方の祭を説明してやる。
 曰く、愛に溺れて仕事をサボってたのを咎められた夫婦が、天の川を隔てて離れ離れにされ、一年に一度だけ晴れていれば再会できる日であると。うん間違ってない、よな。
「それで、紙キレに願い事を書くとお星様が叶えてくれるとか……」
「くだらんな」
「……言うと思った」
 奴にこの手の男女の悲哀とか情緒とかいったネタが通じるとは思えない。ある女に会えなくなっても全く気にせず他の女に手を出して、一年後には顔も忘れているだろう。ここで素直に納得できる辺りが、俺達の関係を表している。や、だから情人未満くらいってとこで。
「自分のものと会う権利を奪われた話が、どうしてロマンチックなのだ?」
「……いやまあ主題はそういう点に無いっていうか」
「仕事に失敗して女を奪われた男の何処に憧れる」
 済みません、説明が足りなかったでしょうか。もはや別の話に聞こえるよ……
 うん、まあね。お前にはわからない世界だよな。たった一人を、そのひとじゃなければ駄目だと待ち続けるなんて。年に一度の逢瀬をひたすら待ち焦がれる切なさも、それすら雨に阻まれて叶わなかった年の悲しみも、お前にはわからないだろう。
 糞ドラッケンからすれば、微かな希望を糧にして健気に待ち続ける夫婦は、愚か者に思えるのかもしれないが。待っていれば必ず会えるなら、相手もそれだけ自分を思ってくれているなら、そう信じられるなら――待つことすらも、幸せに繋がるんじゃないだろうか。
 説話への感想にすら、惰弱で未練がましい性格が露呈したと気付く。つい苦笑した俺に、ギギナは複雑な表情を向けた。妙に緊張しているような、珍しい顔に首を傾げてしまう。
 まるで、俺を初めて『誘った』ときのような。
 柄でもない、躊躇いがちな眼差し。
「――もしも貴様と、本当に、年に一度しか会えなくなったら」
「それはさすがに仕事が滞って困るな」
「……他に言うべきことはないのか」
 ほんっとうに年に一度しか会えなくなかったら困るので即答してやったのに、男は俺の返事が不満だったらしい。
「その頻度でしか会えないなら、組んでるとは言えないし」
「本当に会いたいなら、泳いででも河を渡ればいい」
「無茶をいうなよ。渡れないって設定なんだし。そういや、お前だって泳げないんじゃなかったっけ〜?」
 にやにや笑いながら、水に浮かない驚異の身体の持ち主を揶揄する。実際にからかいたいのは、強すぎる奴の精神自体なんだけど。
「俺が河の向こうで助けを求めても、溺れるから無理! って言われるんだろ」
「飛べばいい。それも無理なら川底を歩いてでもたどり着いてやる」
「だから、そういう話じゃないんだって……」
 はは、と乾いた笑いを浮かべれば、ふっとギギナが微笑む。
 相変わらずの美貌は、闇の中でも眼を奪う。視線だけじゃなく、心までも。
「私は優しいから、泣き言を叫ぶ哀れな飼育動物を見捨てたりはしない」
 私の飼育動物は、独りを嫌がるからな。
 毎日、会って構ってやらねばならん。
 にやりと笑いながらの言葉に、不本意にも顔に熱が集まってくる。
「……馬鹿なことを言うな。とうとう腐った脳が耳から零れ始めたのか」
 夜の闇の中では頬を染めていてもわからないはず。そう思いつつも、フンとばかりにそっぽを向いた。

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27
最後は七夕祭で。ちょっとらぶらぶに……とか思ってたはずが、やはりこんなもの。そして、実はもう8日ですよ。
(06/07/06)




『とくべつのばしょ』

 事務処理が一段落して、ガユスは大きく伸びをした。
 ふと視線を転じると、先程まで黙々とネレトーを磨いていた男も、いつの間にか雪豹のなりで長椅子に伸びている。
 比較的安全な縄張りだと判断しているのか、ネコ科動物の特質というべきか、ギギナが事務所内で昼寝する姿は割と頻繁にみかける。
動物が眠る姿は、妙に心がなごむ。これは多分、動物好きに限った感想ではないだろう。純白の美獣が穏やかに寝息をたてる情景に頬が緩み、我に返った直後に自己嫌悪。人型
ギギナの容貌に美的観点から感嘆しても、獣の優美さに憧憬を感じたとしても、普遍的感性に残念ながら問題はないが、しかし。

 中味がギギナでしかないイキモノを見てなごむのは、人間として間違っている。
 
 解ってはいるが、同じ罠に自らはまった回数は数え切れない。寝てればギギナでも可愛らしく見えるなんて、己の堕落ぶりが情けなくなる。
 つい深々と溜息を吐いたのと同時に、不意にギギナが身じろぐ。微妙に失礼なコトを考えていたので緊張するが、獣はもぞもぞと寝返りを打つと、だらりと長椅子から前脚をこぼす格好で静止。その瞬間、長らく暖めてきた野望がむくむくと頭をもたげた。
 そっと近付き、長椅子から落ちかけた前脚に手を伸ばす。起こさないように、そっと。
 いや、多分気付かれているとは思う。他者のにじり寄る気配を察知しないなど、ギギナには有りえない。それでも眼を開かないのは、信頼というより警戒する価値も無い、と。接触を嫌うギギナの消極的許可をこれ幸いと、逃げられぬうちにこっそり手を伸ばした。
 一度でいいから触れてみたいと願っていたものがある。相棒に対して過剰警戒はしないギギナだが、きっと二度目は許してもらえない。
 
 わくわくと心躍らせるガユスが狙っているもの――それは、ピンク色をした肉球だった。
 
 猫でも犬でもウサギでも、相手が人慣れた動物なら、触ってみたい場所ではないだろうか。柔らかに足音を吸収するそこは、淡くキレイな桃色をしていて美味しそうとさえ思う。しかも相手が美しくも獰猛な肉食獣とあっては、だらりと弛緩した肢体に手を伸ばすのさえ、普通なら躊躇われるところ。ちょっとした下心つきで触れても食い殺されないのは、これぞ相棒の特権というもの。その手をぷにぷに押してみたいと夢想するのは、自分だけではないはず!
 ゆっくりと前脚を持ち上げ、人差し指でそっとピンク色の肉をつついてみる……が。
「――――…………かたい」
 期待をこめて触れたピンク色の肉球は、甘い空想とは裏腹にかたかった。弾力ある柔らかさを夢見ていたのに、これじゃまるでギギナの腹筋でもつついたようだ。筋張って硬くて、歯も立たない感じ。煮ても焼いても美味しくありません。
 無性に裏切られた気分でムッとする。ずっと長い間、いつか触れる瞬間を夢見て楽しみにしていたのに。密かに抱いていた憧れが台無しにされてしまった。
 がっかりして溜息を吐く。子供のように胸躍らせていたのに、面白みのないオチがついたものだ。相棒のささやかな楽しみにさえ貢献しないとは、やっぱりギギナは戦闘以外じゃ役立たずだまったく。
 不意に視線を感じて顔を上げれば、前脚を青年の手に預けたままで、獣がしっかりと眼を開いていた。
 爪を立てて怒りを表現しない態度を、有り難く感謝する心の余裕はない。苛立ちさえ感じていたガユスはギギナに謝るつもりは無く、さりとて彼を詰る気もなかった。さすがに腹を立てて罵倒するのは筋違いだろう。
 しかしこのまま仕事に戻るのも癪に障る。少し考えた後、ガユスは小さく身を震わせて、自らも子狐へと変化した。何をする気かと眼を見張る大型動物の背中へと、よじよじと這い上がる。彼とのサイズ差も大抵の場合は苛立ちの原因となるが、こういう場合には便利だ。ギギナが俺の好きにさせてくれるのは、さほど負担がないからだろうなあと、納得。
 たどり着いた柔らかな毛皮の上で、ガユスは大きく伸びをするとクルリと丸まって落ち着いた。いわゆるマウントポジションは、非常に気持ちいい。文字通りギギナを見下ろす位置は、ふかふかした毛皮と人肌(豹肌)のぬくもりが最高の寝心地を保障してくれる。
 相変わらず上質の休息所に満足して、フェネックはすっかり機嫌を直す。
 ギギナとの共同作業なんて虫唾が走るが、寝るのだけはずっと一緒でも構わない。耳をぴくりと動かしてこちらを気にする雪豹に、くるると甘える声をかけ、ガユスは午睡を楽しみ始めた。

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26
肉球に触りたい病。
眠いと寝てる話が楽しくて堪りません。つまり、それだけの話。あと肉球。外を出歩いてる猫の手は硬く、家猫の手は柔らかいのです。
(06/07/06)




『真夏の夜の悪夢』

 黒字になるまでエアコンの使用禁止!
 それが嫌なら、家具も咒式具も何も買って来るな!!
 万年赤字生産機に向かって言い放ったのは、まだ風の爽やかな初夏だった。無理矢理に了承させた約束を、やはりというか鼻で笑い飛ばしたギギナは、その後も順調に請求書を追い求め続けて幾星霜。俺の悲哀を激怒をも何処吹く風とばかりに我が道を突っ走り、時は流れて盛夏と呼ばれる季節へと至る。
「暑い……」
「自業自得だ、バーカ」
 誇り高きドラッケンの戦士は、真夏だろうと己の生き様を賭けた恒例儀式を屋上で行っている。暑さに弱い癖に馬鹿じゃないのかと毎年思うが、思った直後に本当に馬鹿なんだから仕方ないと哀れみたくなる悪循環。幾ら早朝だろうと陽が照りつける屋外で踊ってたら、そりゃあ暑さも倍増だろう。言っとくが、熱射病で倒れても日陰に運んで貰えるなんて甘いことは考えるなよ。相棒としての温情で水ぐらいかけてやってもいいが、お前を引きずって屋内へ運び込むなんて重労働はしたくない……あえて、不可能だからとは言わないけども。
 クドゥーを終えて事務所に戻るなりギギナが長椅子に倒れこむのは、夏の年中行事。以前は冷房のきいた部屋で体力気力をすぐに回復していたが、蒸し風呂ダイエットに挑戦できそうな現在は、トドメをさされているようなもの。たまに長椅子から落下しているのは寝相が悪いのではなく、恐らく確実に床の木材に涼を求めているのだ。無駄だけどな、木にだって熱はこもるし。
 いっそ女のところへでも出かければいい。喜んで冷房のきいた部屋に招き入れてくれる女性は、悲しいながら山ほどいるんじゃないのか。
 あまりのヘタレ具合に呆れて、実際に言ってみたならば「余計な運動はしなくない」なんていう、素晴らしい答が返ってきた。何処に突っ込むべきか迷うところだ。余計とはあまりに失礼だろうとか、そこまで弱ってるのかとか。面白いから、黙ってるけど。下手につつくと我が身が危険そうだし。暑さで頭がうだってると、怒りも助長されると思う。
 あのギギナをここまで弱らせることが可能だなんて、とこっそり顔が笑ってしまう。
 俺にしても相当辛いのだが、ギギナよりはマシ。一応は結ばせた約束を盾に、黙々と事務処理を済ます日々だ。流れる汗は滝のようでも、死に掛けたギギナは請求書の枚数も減らしているので(ゼロじゃないのが呆れるが……)俺の機嫌はむしろ上々。スタミナ料理を作ってやるとか、氷菓子を出してやったりと、へばっているギギナを気遣う余裕まであったりする。
 餌につられたのか本当に女を漁る気力も潰えたのか、おとなしく出社してくるギギナを、俺はにっこにこで構っている。はっきり言って、当社比五倍くらいは愛想が良くなっている。むしろ、暑さがこういう方面で出てるんじゃないかと己に突っ込みたいくらいに。
 それにしても、妙なところで発揮される相棒の律儀さに感心していたのだが、奴にも限界というものはあるだろうなあと。そう思い始めた日のことだった。

「なんだよ、泊まって行く気か?」
「……うるさい。耳が腐るからさっさと消え失せろ」
 芸の無さ過ぎる台詞は、長椅子の上から弱々しく返った。
 帰ったらようやく冷房の恩恵に預かれる。よって俺だって言われずとも早く帰宅したいのだが、へばっている男は、どうやらこのまま事務所で休むつもりらしい。娼館に行く気力すらないのはざまあみろだが、俺がいなくなれば奴は当然のように冷房を入れるに違いない。エリダナの熱帯夜を、冷房無しで眠れというのは拷問だ。よって俺も自宅ではクーラーをがんがん使用しているし、ギギナだって夜くらいは涼しい場所で休む権利はあるだろう。しかしそれは、ギギナが金を出すか他の女が金を出すか、つまりは俺の懐は痛まぬ場所限定でお願いしたい。
 俺の家と、事務所と。二箇所でクーラーを動かす光熱費を考えると、何だか熱気が頭を侵すような錯覚。ぐらりとよろめいたのは暑さが原因か否か。そこまで困窮している己が哀れになる瞬間だ。
「わかった。俺も泊まる…………」
「――なんだと?」
 ギギナの訝しげな、というか焦ったような表情を見ながら大きく溜息。心配しなくても、エアコンを使って構わないよ。光熱費は一箇所で収めることにしただけだから。
 仕方ないから夕食もサービスしてやるかと、冷蔵庫の中味を思い出しながら長椅子の前を通り抜けようとして足が止まる。何故だかギギナに腕をつかまれて。
 寝転がる男を見下ろすと、妙に真面目な表情で見つめられていた。
「なんだよ、離せ」
「――同じ部屋に泊まるなど、誘っているとしか思えん」
「……………………は?」


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25
暑くてそろそろ倒れます。ええ毎年倒れている気がするのは私ですよ。
昨日、冬の話を書きながら、次には夏の話を書こうと思っていました……
というか。……単なる寸止め?
(06/07/04)




書き直し……

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24
ギギナ、むしろ役得。ガユスは天然。動物王国は、二人の間に会話が無い話ばかりだ……
(06/07/02)




書き直し……

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23
動物王国ネタ。のはずが、まだあんまり動物ネタじゃありませぬ。
餌付けと洗濯。の予定。
(06/07/01)




『逃がさない』

 初めから恋しいとか愛しいとかいう想いがあったかと言われれば疑問が残る。
 出会い拾って拾われて、笑って過ごしたあの黄金時代に萌芽はあったのだろうか。
 相棒へと執着する気持ちはあった。としても、あの日々の終幕と共に淡い感情はかき消された。
 いや消滅した訳ではなく、騒乱の中に飲み込まれて隠れてしまったのだろう。
 そのまま眠るようにこっそりと育ち続けた想いに、どんな名前をつけろというのか。
 今更、何を言えばいい?

 唯ひとつだけ、決めていることがある。
 苦しんで苦しんで逃げ出したいと望んでも、逃がしてはやらない。
 最期まで愚かな生き様を晒し続けて、とても近くとても遠い傍らに立っているがいい。
 ここに私がいることを、忘れるなど許さない。
 その瞳が永遠に閉じられる日まで、絶対に逃がすものか。

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22
ギギ→ガユは割と露骨に感情を表現してみても、ギギ←ガユは素直に信じてくれない。そうわかっているからギギナが何も言わないと、余計にガユスがぐるぐると悩む。
わあ見事な悪循環ですよ。
(06/06/30)




『欲しいといえない』

 やりたいなら街をうろついてくればいい。そうすりゃ女の方から幾らでも寄ってくるだろう。
 そう言ってやれば、本気で殺気のこもる視線が向けられた。
 いつも澄ました顔をしているギギナが焦れているのが面白くって、からかう素振りを繰り返す。何を求めているのか、何を欲しがっているのかなんてわからない。そんなこと、知らないよ。

 いや違う。知りたくない。

 気まぐれな誘惑は、応えてしまえばそれで終わりだ。
 一度知ってしまえば、文字通り気まぐれでしかなかったと悟るだろう。
 それは、何だか嫌な気分だ。
 別に奴に情や未練がある訳じゃない。苛々と凝視されるのも面倒だし、一度で気が済むなら相手してやればいいかと思うこともある。じゃれあいの延長、犬に噛まれたようなものだと、流してしまえばいい。常習的に殺意をかきたててくれる、どうしようもない男でも、相棒としては認めているのだから。
 けど道具扱いされるのもムカつくし、そんな関係を持ってしまった後、何でもない顔をしつづけられるかは疑問なのだ。

 俺達は互いに幸せの残滓を手放せないから、奴の気まぐれもその延長なのだろう。
 この関係を崩さぬのが前提であるならば、気にしなければいい。
 奴の酔狂に付き合って、貸しひとつだと笑ってやればいい。
 罵声を浴びせ、嬌声を聞かせ、足を開いて。
 望んでいたのはこんなつまらないことだったと、実証してやればいいのに。

 いや違う。だからこそ。

 気まぐれな誘惑は、応えてしまえばそれで終わりだ。
 一度知ってしまえば、文字通り気まぐれでしかなかったと悟るだろう。
 それが――とても嫌だ。

 だから、俺から欲しいとはいえない。
 どんなに手を伸ばしてしまいたくても。
 俺からは奴へと近付かない。

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21
断片なんだか短編なんだか不明なものが、いつのまにかいっぱい。
互いの間合いを測りかねる。過ちは取り返しがつかぬ可能性を知っているから。
(06/06/29)