『水にまつわる正しい遊戯 X』


翌朝は、冬晴れの晴天。
熱の下がったガユスはいい気分で操縦環を操り、街道を一路エリダナへ向かう。
予期していたような悪天候+異常(と言うより超常)気象もなく、よく眠れてか体調もすっきり。これもギギナの看病のおかげかもしれないなどとは、意識に上らせてはいけないことなので滅殺済みの彼だったりする。
上機嫌の元は、隣に座る相棒――ではなくて、彼が得物と共に抱えている翠色の瓶に確定している。昨晩味見は済ませた、白葡萄酒の逸品だ。
病が消え去ると同時に、昨日の昼から今朝方にかけて、件の相棒とやらかしたあれやこれやもすっかり忘却の彼方決定したガユスは、実に楽しそうだ。
「エリダナに戻ったらさっそくいい肴見つくろって空けちまおう。葡萄酒は一度栓を抜いたら早く飲まないとな!」
頭から酒は自分のものと決めてかかっている彼に、ギギナが白々とした目を向ける。
「そのめでたい頭に突き刺さるように言ってやるが、これは私のものだ。貴様にやろうなどと言った憶えはない」
「吝嗇くさいな。一度飲ませたんだから、くれたって罰は当たんないだろ」
「必要性を感じない」
ギギナは気の無いまなざしを窓外に投げた。運転手とは対照的に、同乗者は今朝から不機嫌だった。
「何だよ、それ」
にべもない言い様にかちんときて、ガユスはつい、言い募った。
「どうせ自分じゃ飲まないんだろう。それに、昨夜はあんなに人を触っ――」
そこでぱくんと口を閉ざす。も、遅い。
言い淀んだガユスに視線を戻したギギナは、一転して愉しげな笑みを口端に刻んだ。
「昨夜は――何だと言うのだ?」
ガユスは返答しない。運転に専念しているという素振りで、ひたすら前方を睨んでいるが、田舎の一本道では行き交う車など絶無に等しく、地平の果てまで平坦なうねりが続くばかりだ。
ギギナは意味深に含み笑って、更にわざとらしくガユスの方に身を寄せた。
「ガユス?」
「馬鹿、寄るな! 操縦環を切り損ねたらどうするんだ!」
「…どうもしないと思うが」
ギギナの見解は極めて正しい。まかり間違っても、路肩を外して休耕地に乗り入れるか、せいぜい道端の藪に突っこむくらいである。
「――で?」
ギギナの悪のりした手が膝上に置かれ、ガユスは飛び上がった。
「よせって! 本気で事故る! って、触るな撫でるな爪を立てるな! わかった言う! 言うから!」
そこでようやく手が引っこめられた。ガユスはぜいぜい息を切らせながら、隣で涼しい顔をしている男を睨む。
「このセクハラ野郎が……」
「何か言ったか? 先刻の言葉とは違うようだが」
凄まじくタチの悪い笑顔を向けられ、ガユスは軽く硬直する。しかし、またヘンなところをいじり回されてはたまらない。
こんなことなら魔杖刀を抜かれる方がなんぼかマシだ、と思いつつ、ガユスは渋々と口を開いた。
「――だから。昨夜あれだけ人様を触り倒しておいて、侘び代わりに酒の一つも奢れないのかと言いたかったんだよっ!」
吐き捨てて、ガユスはまた視線を前方に固定する。
即座に、さぞ小馬鹿にした笑声を浴びせられるか、もしくは思い上がりを懲らす一撃を見舞われるか、覚悟していた彼だったが、助手席からの反応はやや遅れ、かつ大幅に違った。
暫時、奇妙な沈黙が漂ったかと思うと、突然ガユスの膝の上に硬いものが落ちてきた。
「いてっ!?」
驚いて見下ろすガユスの瞳に、例の酒瓶が映った。一体何の気まぐれか、隣の相方が投げて寄こしたらしい。転がって落ちたら危ないので、ついガユスはそれを掴んだ。念のため助手席を振り返ったが、彼の相棒は半ばそっぽを向くように、車窓を眺めている。
「……どうしたギギナ? 急に聞き分けが良くなったな。悔い改めたのか……?」
何だか気持ち悪い。疑いにまみれた声で、それでも懲りずに揶揄してみるガユスに、ギギナは冷然とした目色で彼の顔をひと撫でした。そしてその唇が綺麗につり上げられる。
「何を悔い改めると? そんなことより、昨夜は杯に半分も満たない量で寝台にまで入れたのだ。ならば、それ一本で今夜はどこまで入れてもらえるのか、楽しみだな?」
とっさに、ガユスは口が利けなかった。昨日からこっち、変の一言では片づけられないギギナの言動の数々が脳内に再生され、それと同時に相手の言葉の意味の意味までが、ようやく滲みこんだのだ。
あれは度の過ぎた冗談じゃなかったのか!
遅まきながら飲みこんだガユスの顔色は激変した。まず赤く、それから青く、最後は蒼白に。
「――何バカなこと言ってんだ! どこの誰が酒一本で身売りするかっ!? 今夜もヘッタクレもないったらないっ!」
我に返ったガユスが瓶を振り上げて投げ返そうとするも、今度こそギギナの高速抜刀術が炸裂した。必死で屈んだ彼の、頭上ギリギリを疾った鋭い切っ先が、車内内部骨格に食いこむ。
ほとんど容赦のなかった攻撃に、強張りつくガユス。それを、剛化チタンの冷たい刃の陰から楽しげに見つめ、ギギナは惚れ惚れするような悪辣な笑顔で言い渡した。
「返品は却下だ、ガユス」

この後、エリダナに帰ったガユスがギギナの魔手から逃れ得たかどうかは、定かではない。



《了》



お友達の巴さんから頂きました。
この方は、私がされ竜を始めるキッカケを作って下さった方です。
他ジャンルのお使いを頼まれ、そのサークルさんとお話したときにせっかくだからと、
自分の知っている(けど同人を買ったことはない)され竜本を買って――
ずりずりとサイトに話が増えて、本を出すことにもなったのでした。
巴さんがいなかったら、され竜にハマってなかったでしょう……

で、結局、され竜は読んでなかった巴さんに本をお貸しして逆輸入したのでしたv
ありがとうございました〜vvv

どうせなら、この先も……むにゃむにゃ。