永遠に変わらぬものなど、あるのだろうか? |
時に無性に不快になって、ガユスを黙らせたくなる。お喋りな口が、もう二度と開かぬように。 意外にもその衝動はギギナへ罵詈雑言を吐く時よりも、女に向かって笑いかけていたり、知人と談笑している時や、酔っ払った挙句に誰かに醜態を晒している瞬間に起こる。 自分に向かってくるならネレトーを振り回せば済む。自分以外に幾ら迷惑を振りまこうが関係ないが、あんな男が相棒だと思わるのは不本意だ。 いっそ永遠に黙らせてやったら、もやもやと落ち着かぬ衝動も失せるのではないか。ガユスがネレトーから身をかわせているのはギギナが常に手加減しているからであって、自分が本気になって屠竜刀を一閃させれば、真っ赤な血が溢れ出してうるさい口は閉じられる。再び開くことはない。聞き苦しい悪口雑言、不安定に揺れながら他人を見つめる眼差し。斜に構えた態度や、真っ直ぐに睨む藍色の輝きも、消えて失せる。怒ったり泣いたり笑ったりと、忙しく表情を変えることもない。隣に自分がいるのを忘れて、他の誰かに気を取られたりもしない。その度に感情を乱されて鬱陶しく思うことも無くなるのだ、永遠に。 しかしガユスを黙らせた後の始末を考えると、面倒になってくる。 さすがに放置してはおけぬし、手元に置くには防腐処置を施さねばなるまい。五体満足に接合しようと考えるなら、黙らす際の切り方にも気を配らねばならぬ。抵抗されぬように隙を突けば簡単だが、どれだけギギナを苛立たせていたのかを、死ぬ前に教えてやりたい気もする。ならばあっさりとは終わらせたくないし、仮にも無駄に頭の回る男は、命がかかれば必死に足掻いてくるだろう。敵うはずがないのに、諦めずに。おとなしくしているなら、楽に終わらせてやるものを。 自分の愛玩動物をどうしようと勝手のはずだが、ゴチャゴチャと騒ぐ者も出るかもしれず、事務所の雑多な仕事も全て自分にまわってくるし、手間ばかり増える。 おとなしく無言の人形となったなら、ガユスでも可愛らしいだろう。だが面倒な雑事と天秤にかけると、しばらくは黙らせるのを待ってやってもいい。放っておけば、あれはいずれ自分の前で惨めな死に様を晒す。いつか自分が庇う気を無くした刹那。あのうるさい言葉に耐える気を無くした瞬間に。口を開かぬガユスを愛でるのは、その後でもいい。焦る必要はない。あれが誰と何をしていようと、今は放っておけばいい。 心も体も脆いくせに、意外にもガユスは強い。本気にさせたなら、自分が認めるほどの実力を発揮して、かなり楽しめるはずだ。そうやって彼を殺して手に入れると考えれば心躍るが、その悦楽は一度きりだ。しかし生かしておけば、何度でも楽しめる。 永遠に、退屈しない。 「……おい。人の顔をマジマジと見て、何を考えてる?」 真っ直ぐにギギナだけを瞳に映した錬金術師が、不審気な表情をしている。 間合いを測ればネレトーどころか、手刀ひとつで命を奪える位置だ。愚かなことに、まるでこちらを警戒していない男を黙らせるのに必要な時間は一瞬。そうしようと思わないのは、気まぐれでしかなく、この命はいつだってギギナの手の内にある。 それは、今だけではなく。たとえば戦いの最中にも。仕事を終えて無防備に眠っている時にでも。事務所で請求書を手に唸っている時だって、いつでもこの命は自分のものだ。自分の意志で守りも殺しもできるもの。それが自分のものでなくて何だというのか。愚かなこの男自身は、気付こうとしないけど。認めようとしないけれども。けれど、たとえ。 「貴様が永遠に口を閉じたとしても、気に入らぬのに変わりはないのだろうな」 つい口をついて出てしまった言葉に、ガユスが呆気に取られた顔をする。珍しくも毒のない表情を見て、苦笑が零れた。 ――時に無性に不快になって、ガユスを黙らせたくなる。 しかしその感情は彼が振り返る度に更新され、しばらくは現状を維持せよと本能が命じる。 この男の傍にいるのは不快で、苛立ちは収まりはしない。 それは、永遠に。 |
《終》 |