野生の証明

 酷く深刻な顔で、ガユスはチラシを凝視していた。
 たかがスーパーの安売り広告で、どうしてそこまで悲痛な顔が出来るのか。揶揄したくなったギギナだが、すんでのところで戯言をしまい込む。
 そういえば、事務所が赤字続きだと日持ちする安売り食材を大量に買い込んでくるのが相棒の癖だった。ここで下手にからかうと、当分手料理にありつけぬ可能性がある。
 内緒だがガユスにがっちり胃袋をつかまれている剣舞士は、大人しくガユスの懊悩を見守ると心に決める。
 しかし、珍しいことにガユスの視線の先にあったのは食料ではなく、更に珍しくも顔を上げた相棒はギギナの意見を求めてくる。
「コレ、どう思う?」
 指差されたのは、害虫退治用の一式だった。
 ガユスが暇を持て余した成果と言っては何だが、事務所は割ときっちり掃除されているが、建物自体が古いために時には黒光りするアレが出現したり、足が異様に多いソレが壁を這ったりする。
 それらにいちいち悲鳴を上げていては〈異貌のものども〉の相手などしていられない。ギギナは全く気にならなかったし、ぎゃーぎゃー五月蝿いガユスも調理中でなければ自分で始末をつけている。放置しない分、ギギナより嫌がっているのは確かだろう。いずれにせよ、殺虫剤を撒くのに反対するほどのこだわりはない。
「軟弱者が気になるなら好きにすればいい」
「確かにこんな文明の利器に頼らず、狩りは雄々しく自力で行うべきだよな……」
「いや、ちょっと待て」
 気のせいだと思うが、いささか不穏な言葉が混じった。
「お前は、人型の時も味覚が変わらないのか?」
「……おまえ『は』と言ったか?」
 その言い回しに含みを感じたのは、視線を逸らしたガユスを見るに気のせいではないようだ。
 自然界におけるフェネックは昆虫食が多いという。
 ギギナ自身も雪豹になると味覚が多少変化する。血の味への抵抗感は薄れ、焼いた肉より生のままで食った方が美味だと思う。
 だが差別と言われようと、生肉ならば人間も食べるが昆虫は――地域によっては食するとわかっているが――ぜひ止めてもらいたい。
 そういえば昔、ストラトスと一緒に嬉々としてネズミを獲ってはジオルグに報告をしていた、ような。あの飄々とした男の顔を、はっきり引き攣らせる偉業を達成していた記憶が脳裏を過ぎる。
「狩りではなく駆除だろう。狩りとはもっと神聖なものだ」
「ちょろちょろ動く小動物を見てると、物凄くそそられるんだよな」
「貴様……」
 瞳をきらきらさせて微笑むガユスは、今にも舌なめずりを始めそうだ。人としての尊厳を吹っ切る覚悟が決まっていそうな相棒に、不殺生の誓いでも立てさせたくなる。
 貴様だって小動物だろうというツッコミを飲み込んで、ギギナは深い溜息を吐いた。


アニマルパラダイスで収録できなかった小話その2もこそり。や、せい……?

獣とバイオタイド