最近、奴を甘やかしすぎだと思う。
眼が覚めたとき、エリダナは未だ薄闇に包まれていた。
何故こんな時間に目覚めたのかと、ぼんやりする思考をたどる内に全身に覆いかぶさる妙に生温かいモノに気付く。
ようやく帳簿をつけ終えて、事務所の仮眠室で眠りに就いたのは昨日、というか正しくは今日の早朝だった。その時点では、よろよろたどり着いた寝台にこんな熱源はなかった――いなかった、はずなのだが。
「――なにしてやがる、ギギナ」
「うるさい……黙って寝ていろ」
「それはこっちの台詞だ! とっとと離れろ、どっか行け」
「嫌だ、寒い」
ふてぶてしい口調に血圧が上がりそうだった。もっともこの程度で本当に血管をブチ切っていたら、奴の相棒となった日の内に脳内出血で死亡確定だが。
真冬でももろ肌脱いで平然と野外を歩く、いつだって体温の安定している不感症男が寒いなんてある訳ない。
この季節の夜明け前は一際冷え込むとはいえ、奴が寒がるようじゃ俺は凍死する。今日だって仮眠室の薄い毛布一枚では、眠気より冷気に負けて目覚めるだろうと覚悟をしていた、のに。包み込むように男の懐に抱えられているので、ぬくぬくと全身が暖かかった。
後頭部あたりに奴の胸板、脚の末端にまで自分以外の素肌の感触。完全に腕の中に納まってしまうのが悔しいところだ。だが、ここまで密着していても、まるで重みは感じない。
ただ熱を分け与えるために、実は細心の注意が払われている。
ギギナに気遣われているという事実はやけに俺の優越感を煽り、不可解な感情に舌打ちが漏れた。
こんな風にギギナに依存するなんて冗談じゃない。そういえば鳥の雛なんかも体温調節が苦手なので、親鳥に抱かれて暖めてもらうんだったか。大きな体格差があるが故の体勢に、ふとそんな連想が浮かんで怖気が走る。
奴とは極稀に、戦闘後なんかに捌け口を求めるように欲をぶつけ合うこともある仲だが。直接的に言うならば肌を重ねたことがあり、事後に目覚めてみるとこんな体勢だった過去も存在するが。あまりに今更で激怒して寝台から蹴落としたくはならないし、そもそも奴に腕力で対抗するなんて無駄だけれど。
このところ不必要な接触が増えてはいないだろうか。
最近、奴を甘やかしている気がする。このまま放っておくと際限なく増長する可能性があるし、危険域に達する前に行動を改めさせなければならない。そう思いながらも、開いた口からは消極的な言葉しか生まれては来ない。
「……夜が明けるまでだからな」
「わかっている。もう少し眠れ」
穏やかに応えた男が、抱き締める力を強める。宥めるように髪を梳かれてやけに心地良かった。
なあ、だけど。
冷え性の俺が震えていたってお前には関係ないのに、どうして俺に譲歩してまで熱を分け合おうとするんだ?
最近、奴に甘やかされている気がする。
気のせいだと思うが……多分。