トントン、と叩いて音を確認。 そうする間も知覚眼鏡の機能をフル稼働させて、カボチャの質量を測定する。 サイズは同じでも、中味がみっしり詰まっている方が当然お得でついでに重い。この時期ならではの巨大サイズのカボチャは、大物なら軽く五十キロを越える。大の男でも独りで運ぶのは手に余る重量だ。しかしそれも、咒式士ならではの腕力を駆使すれば問題ない。 選りすぐったオバケカボチャは、俺の頭の四倍近くありそうだった。 代金を払い、何故か一身に注目を浴びながらカボチャを持ち上げると、店先で拍手が沸き起こる。 ……我ながら、見た目が非力そうな優男だという自覚はあるが。 あまり、嬉しくはない。 |
カボチャ狂騒曲 |
菓子屋の店先が、オレンジ色に染まる季節。 夏のおどろおどろしさとはうってかわった愛らしいオバケや黒猫や魔女や、カボチャがあちこちに出現する時期が到来した。 お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ、という言葉は、子供はもちろん大人だって楽しめると思う。つまり成人男女にとっては、純粋な意味でも不純な意味でも非常に意味深な台詞だ。業界の仕掛けた罠に踊らされていると言うなかれ。楽しめれば、それでイイじゃないか。 ここのところ、ジヴとはすれ違いが続いている。俺がじっくり商店でカボチャを物色した裏には、このイベントを彼女と楽しく過ごすキッカケにしようという目論みがあった。女性の大多数に洩れず、彼女も可愛らしいアイテムに目が無いのだ。さすがというか、時期物なのでカボチャのお値段が非常にお安くなっていたのも、俺の心が震えた一因である。 幸か不幸か、本日も事務所は閑古鳥が鳴いている。 いきなりカボチャのランタン制作に取り掛かっても支障はないだろう。 留守番に残した共同経営者が影も形も見えぬのも、真っ白な未来の予定もひとまず忘れることに決定。重さはともかく、かさばって仕方ない巨大カボチャを応接机の上に鎮座させて、包丁を片手にランタン制作にかかる。 みっしりと詰まってるものを選んだだけあって実は固いが、それこそ咒式士の腕力にかかれば問題ない。ヨルガやマグナスを手入れするのと同じくらい心血注いで研ぎ上げてある愛用の包丁で、さくさくっとカボチャを刻んでいく。 ランタンにする為のカボチャは、スカスカで種ばかり多くて美味くないというのが通説だ。大抵はカボチャ頭の脳味噌は捨てられてしまう運命にある。しかし俺に言わせてもらえば、これだけの巨体をくり抜いた挙句、毒でもない部分を廃棄するなど食べ物への冒涜でしかない。 心血を注いで実が詰まったカボチャを選んだのもその為。料理上手と謳われた手腕を見事に披露してやろうじゃないかと、ふつふつと謎の対抗心が湧き上がる。 どうせならカボチャを使った菓子を作ってみるか。基本としてはパンプキンパイ。後はクッキーなんかもいいな。種は炒って食べると美味いらしいが、味付けはどうしたものか。 頭頂部となるヘタをギザギザに切り取ると、武器をスプーンに持ち替えて中味をえぐり出す。用意したボールに、オレンジ色をした実の部分を綺麗に取り分けていく。愛嬌のある顔の穴は、明り取り用なので大きめに。つぶらな瞳と無意味にヘラリと歪む口を掘り込んで、ランタンは完成である。 初挑戦にしては中々上手く出来たじゃないかと自画自賛。中に設置する蝋燭は後で取り付けるとして、ひとまず事務所の戸口から目に付きやすい場所に飾っておく……別に、ギギナがコレを見てどうこう感想を言うとも思えないが。まあせっかく作ったんだし一応な。 とりあえず第一の目的を達成すると、中味入りのボールを手に調理にかかる。こちらも予想以上に収穫が多かったため、俺の機嫌は上々だった。 「……何をしている」 「ハロウィン用の菓子作りだ。邪魔するなよ」 いつでも俺の機嫌を急降下させてくれる男が現れたのは、事務所にパンプキンパイが焼きあがる香ばしい匂いが漂い始めた頃だった。 真昼間から何処へ行っていたのかとは聞かずにおく。どうせ言っても無駄、というだけじゃなく、今日は俺も職務放棄中だし。いちいち奴の下半身を気にしているなんて思われたら怖気が走る。空っぽに近い頭とか腕とかがサインしたがる紙切れは気になるから、何処に行ってたかくらいは確認したって良いのかもしれないが。 勤務時間中だろうと構わず家具を製作し始める男は、俺がいきなり菓子作りを始めていようとさすがに何も言っては来ない。だが、ぎらりと眼が輝いたのは要注意だった。 あれは捕食者の光だ。他の都合に構わぬ肉食獣の眼差しだ。さては腹が減っているのか、飢えた瞳は出来上がったモノを奪い取る機会を窺っている。 しかしこれは、俺が自費で購入した食材だ。いや、いつもギギナに喰われてる分だってそうなんだけどね。ジヴの機嫌を取るためにも、今回は絶対にお前になんか食わせてやらない。どれだけ餌をやろうと飼育員が覚えられない猛獣なんか知ったことか。 「こっちに寄るな、糞ドラッケン。お前に恵んでやるものは、ヒトカケラだってない!」 背後を庇いつつ威嚇すると、音も無く傍まで近付いて来ていた男が口元を歪める。 「悪戯をされる方が良いとは良い度胸だ」 「……はああ? 何を言ってるんだ、お前は!?」 「菓子を渡す気が無いというのは、そういうことだろう」 にやりと笑う男が、危険な空気を漂わせる。何処か激しく思考回路が捻じ曲がった言葉に、思わず狼狽えて一歩後ろへ下がる。 確かに『お菓子か、悪戯か』と迫る台詞を成人向けに意訳すると、『ご飯を食べたら帰るか、一晩中相手をするか』ってな意味になるのかもしれない。 しかしケダモノに仕方なく飯を食わせてやるのはともかく、俺自身までハロウィンで配られる駄菓子のように気安く喰われるつもりはない――たとえ、いつの間にか済し崩しにうっかりと、何度も何度も肌を重ねあっている関係であろうとも。あくまで奴が無理強いしてくるだけで、俺の本意じゃないんだから。 そもそも俺は女の子が好き……というか俺の彼女は、ジヴなんだ。 そんな大人の言葉遊びを、ギギナなんかとするつもりも必要もない!! 睨み付けるとギギナは詰まらなそうに鼻を鳴らして、ヒルルカに着席。そのままネレトーに手を伸ばしたので一瞬緊張したが、奴は俺に攻撃をしかけるでなく武器の手入れを始める。ギギナが腰を落ち着けたのを確認して、俺は再び調理に戻った。 パンプキンパイの次は、カボチャを混ぜ込んだクッキーを作る。 考えてみればイタズラする方が楽しい訳で、わざと菓子を作らないという手もあったんだよなあと。ギギナに毒されたかなり駄目っぽい思考に溺れつつ、背後を無視して調理に没頭する。 そのまま作業に集中していたため俺は、その音をしばらくの間は気にしていなかった。 何処からか、ガガガガガガガと何かを削るような音がする。 ギギナがまた、息子でも創っているのだろうか。とっさにそう考えたが、あまりに激しい異音をいぶかしみ、恐る恐る背後を確認。そっと振り返ってみれば、カボチャ頭を抱え込んだギギナと目があった。 ただカボチャランタンを持ってるだけなら、お前にも可愛らしさを感じ取る神経があったのかと、からかい倒す。抱きしめてようが頭にかぶってようが好きにすればいい。 けれど俺と視線が交わった瞬間、びくりとしてギギナの動きが止まった。 あまりに怪しい。絶対に間違いなく俺にバレたらマズいコトをしてたのが丸解りだ、が。 「ギ、・・・ギナ?」 「――置いておくのが悪い」 「はい?」 本人の主観的に非常にヤバいコトをしてたのだろう男が何をしているのか解らず、不吉な予感を覚えて尋ねた俺に対して、妖艶なる微笑が向けられる。 戦場で勝利を手にした瞬間のような、誇らしくも楽しげなドラッケンの微笑み。その手が、激戦の末に刈り取った敵の首かの如く、うやうやしくカボチャ頭を掲げて。 真白い歯が、ガガガと軽快な音を―――― 「ギギナ―――ッ!!?」 思わず悲鳴を上げながらも、頭が真っ白になった。 お前、それは食い物じゃ……いや、食品ですが、ナマで食べるものじゃありませんよ普通!? 俺の叫びなんて当然のように気にせず、鋼すら受け止める超健康優良児の前歯はガガガガガガガと音を立て続け、生カボチャはどんどん削られてギギナの腹に収まっていく。 茫然と見つめる間にも音は調子良く響き渡り、ランタンがみるみる欠けていく。オレンジの中味を覗かせていたカボチャ頭の目や口からは、瞬く間にギギナの顔が覗き始める。 ……って、おい! 食用じゃないとわかって、俺へ捨て身で嫌がらせをしてるのかと考えるが、一瞬にして否定。奴は間違いなくわかっていない。気取った高級料理に添えられた、食べられるけど飾りが本分の葉っぱや花まで食うような奴なのだから。 置いておくのが悪いってのは、あれですか、食べられたくないなら手の届く場所に置いておくべきじゃなかったと。言われてた訳か……いや、確かにな。カボチャランタンを食われるのは想定外だったよ、うん。 「あのさ……ソレは、食べるもんじゃ、ないぞ……?」 「私を愚弄する気か。これがカボチャだということが、こんな目鼻を描いた程度で誤魔化されるとでも?」 「いや、ぜんっぜん誤魔化してる訳じゃなくてだな……」 カボチャには違いありませんが。ええカボチャは野菜で食品で、食べて問題はないけどな。たとえナマだって。 せめて、パイやクッキーを食われたというなら嘆きも怒りもするものを、ランタンを喰われては反応に困る。さすがはギギナ、残飯処理機もびっくりの高性能だ。まさしく皮まで残さず片付けてくれましたよ。 「――料理だけは貴様のとりえだと思っていたが、唯一の特技さえ錆びついたらしいな。こんな味で女の機嫌を取るつもりか」 「あ〜……お前の機嫌を取る気が無かったのは確かだけどな」 要するに不味いと主張されても虚ろに笑うしかなくて茫然としていたが、気付くとやたらとギギナの顔が近い。 あれあれギギナさん、どうして退路を断つ位置に移動してるのかな? 「さあ、これで菓子は無くなったな」 じりじりとにじり寄ってくる男は、どうやら悪戯をする気満々である。 あんな特大カボチャを食えば、さすがに腹も一杯になっただろうに、ていうかアレが菓子だと信じてるのが信じられないが。 男はまだ喰い足りず、出した覚えのない食べ物にまで手を出すつもりらしい――まあ要するに、俺に。 奴を理論的に撃退する、ハロウィンのメインディッシュであるところのパイやクッキーといった菓子は、まだちゃんと残っている。香ばしく出来上がって、美味しく頂かれるのを待っているが、御機嫌で手を伸ばす男が哀れになってきて、俺は引き寄せる腕に逆らわなかった。 ここは、ハロウィンの魔物もブチ倒しそうな無茶苦茶な男に付き合ってやるか。 その気になったケダモノに菓子を与えたって、喰い尽した後で悪戯されそうだしな! |
「Trick or Treat?(お菓子と悪戯のどっちが好みだ?)」 「I like molestation!(悪戯が!)」 |
悪霊を祓うランタンを食い尽くした挙句のご褒美に、イタズラ好きなモンスター(←ギギナ)は満足するでしょうか?
ランタン用のオレンジカボチャは食べないことが多いらしいですが、
意外と食べられないことはないそうです。(某経験者談。作者にあらず)
味付けによるとのことですが大味ではあるようで、単なる好みの問題かも。
保証は致しませんが。
ランタン作り自体は、いつか挑戦してみたい気がします。