「ガユス。今、何か……欲しいものはあるか?」
やたら神妙な顔つきで尋ねられ、何が起こったのかと思わずギギナの顔を観察した。
奴が俺の機嫌を取ろうとするなんて、碌な事態じゃない。
「今度は何をしでかしたんだ。とんでもない額の請求書でも隠してたのか。まさか支払日は明日だとか言わないだろうな!?」
「……どうしてそうなるのだ」
先走って思わず真っ青になるが、珍しくも疲れたような溜息を洩らした男の態度からすると、現在は隠匿中の請求書はないらしい。うん、よかったよかった。
「今と言わず、この先一生絶対に欲しくないものなら即答できるが」
「―――欲しいものを答えろ」
借金増殖者へと、やや婉曲に述べた嫌味を直球で跳ね返される。予想はしてたけどね。
家具とか請求書とか必要以上の危険とか、次々に思いつく必要ないもの全てがギギナからもたらされているのを改めて実感し、どうしてこいつと組んでいるのか疑問が募る。我ながら趣味の悪さには呆れ果てる、が。遠いお空を眺めたくなった俺を、まだじっと凝視する視線が返事を要求しているので、仕方なく思考を現実に戻す。しかし欲しいもの、と唐突に聞かれてもな。
「今すぐに欲しいものっていうとそうだな……トイレットペーパーが、切れてるんだが」
「いや……そういう欲しいものでもなく」
「じゃ、どういうものを聞きたいんだよ?」
純粋に不思議になって小首を傾げて趣旨を確認。何故か男がうろたえたように視線を泳がせたので、不信感が増していく。何をたくらんでるんだ、こいつは。
口ごもり頬を染めるなんて気持ち悪いギギナからはそっと視線を外しつつ、とりあえず今日はずっと事務所にいてくれればそれで良いのになあと思った。何しろ俺の記憶が正しければ、今日は骨董家具の市なんてものが開催されるはずなのだ。ついでに言うなら、今日という日は俺が生まれた記念日なのだが、よりによってそんな日に家具市があるとは、俺の不運も極まれりだな。
頼むから、この請求書が貴様への贈り物だとか言って、驚嘆すべき品物を持って帰ってくるなよ。それこそ、せめて今日くらいは心安らかに過ごさせてくれ。
そんなことを考えながら嘆息し、生温い眼差しでギギナを見つめると、いまだに男から見つめられていると気付く。
どうしたんだ、やけに今日はしつこいじゃないか。
「ギギナ、俺が望むのはお前の速やかな死だけだ。身元がわからぬよう全裸で地面に埋まってこい」
「……ガユス。私は真面目に聞いているのだが」
「俺も真面目に答えている。心の底からお前に死んで欲しいと思っているが?」
「………………もういい」
むっつりと一言呟くと、ギギナは立ち上がって事務所を出て行こうとする。
この程度の言葉遊びで逃げるように去っていくなど、本当にどうしたというのか。不機嫌になったとしても、ネレトーを振りかざすのが正しいギギナというものなのに。
あまりの不気味さに、思わず消えていく後姿を不審気に見送ってしまう。
まさか気分を害して立ち去った振りをしながら、こっそり家具市に出かけたとか。ありえそうで非常に嫌だ。
だからといって追いかける訳にもいかず、全く信じていない何かに糞ドラッケンの馬鹿が治りますようにと祈り、つまり無理も無駄も承知の上で伝票の整理を始める。
やがて事務所に帰還したギギナは俺の目の前でいきなり、買って来たばかりのトイレットペーパーに二十数本の蝋燭を突き刺して火を点けた。
せっかくの厚手二枚重ねの高級トイレットロール六個セットが灰と化すまで、あと数時間。