「愛している」
そう告げたら、不思議そうな顔をされた。
むしろ、おかしなものを見る視線。
「お前……何度もいうけど、家具に告白する趣味は改めろ。不気味を通り越して可哀想になるぞ」
「誰が家具に告白しているのだ。勿論、愛娘を初めてとして血縁を愛してはいるが」
「そこが既に可哀想なんだよ、己が変態だと自覚しろ」
「家具の優美さがわからんとは、貴様こそ哀れだな。それはともかく」
「それこそ事務机は優美さが足りないとか言ってなかったか。いつから宗旨替えしたんだ、家具というくくりに混ざってるだけで万事解決か?」
己の向かう机を指差しながら、嘲るような嫌な笑みを浮かべる。
どうやら自分の目の前にある机への告白だと判断した――と見せかけたいらしい。
普段なら期待に応えてネレトーを抜き放つタイミングだが、誤魔化されるつもりはない。
「私は家具を愛してはいるが、家具に恋してはいない」
「…………あー、無機物しか愛せないなんて生命体としての尊厳すら無くしてるぞ〜」
きっぱりと告げてやれば、一瞬の沈黙。しかしすぐに減らない口が開かれる。なので彼が、有機物への告白だと『わかっていて』誤魔化していると確信した。
「ガユス。私は、貴様を、愛していると言って……」
「俺は愛してない」
言葉を途中で遮るのは、ちゃんと最後まで聞くつもりがないという宣言なのだろう。
見れば、ぎゅっと握り締められた手が微かに震えている。さりげなく視線が逸らされ、壁をさまよっている。ほんの僅かに足を踏み出せば、大げさなまでに肩が揺れた。隠そうとしても、あまりに身体は正直だ。完璧に怯えられていると気が付き、苦笑が浮かぶ。
さて。彼は何を恐れているのだろう。
行為を無理強いされることなのか、それとも今の関係が壊れてしまうことだろうか?
「そもそもお前は俺なんかを口説く必要はないだろう。性欲処理の相手くらい外へ探しに行け。幾ら面倒でも手近で調達するな」
俯いて決して顔を上げようとしない青年は、ギギナが一歩近付くごとに萎縮していく。強気な言葉とは裏腹の態度は、ギギナが本気を出せば逃げられぬと悟っているからだ。
それは、実力の違いというだけでなく、ガユスはギギナを拒みきれない。
身の危険を感じながらも『相棒』を失うことを恐れる青年は、逃げ出せずにいる。孤独を恐れてやまぬガユスは、相棒の無茶を大抵は受け入れる。ここで『相棒』にどうしてもと押されたなら、身体すら差し出しかねない。それがどんなに嫌でも、身体も心も痛んだとしても、それ以上に苦しい喪失の恐怖に耐えかねて。
そこまで怖がらずとも、別にコトを強行に進めるつもりはないのだが。
不安がるなと言っても無駄なのだ。彼は恐らく、ギギナに無体を強いられることより、ギギナの告白が信じられずに揺れている。ただし信じたならばそれはそれで、次の段階で悩みだすのがガユスという男である。懊悩するのが趣味のような生き様は、この先も改善されるとは思えない。
「もう少し私を信用しろ。こんなことで貴様を騙す必要はないとわかるはずだ」
「……お前が悪趣味だってのは承知してるが、それに俺を巻き込むな」
言葉を求める青年に真実を告げてやれば嘘と決めつけ、態度で示そうとして傍に立っても真意を疑い不安げな顔をする。
苛立って強い言葉を使えば口先だけでわかったと返されるので、更に詰め寄ってみれば哀れなほどに緊張されて。それ以上に追い詰めることも出来ずに困惑する。
自分が厄介なイキモノに捕まったのだと気付いて、溜息が零れる。
虚しいことに犯人は無自覚で、上目遣いに凶悪な魅力を振りまいては忍耐力を試してくる。さっさと手を出してしまった方が事態が早く進むとわかってはいるが、下手な手段を使えばガユスは酷く傷つく。そう考えて、らしくもなく躊躇ってしまうことに、あぁすっかり囚われてしまっている、と自覚させられて。もはや自嘲するしかない。
けれどギギナは、ガユスが傍にいればそれでいい。隣から逃げ出さず、帰る場所が何処かわかっていれば、それだけで構わない。くだらなく悩むのでも、女と遊ぶのでも好きにすればいい。ただ傍にいるだけで充分だ。この想いの証明は、己の内にあればいい。
そう思ってしまえるところがギギナの強さであり、ガユスが彼からの執着を信じられぬ理由なのかもしれなかった。