真夏の夜の(悪い)


 黒字になるまでエアコンの使用禁止!
 それが嫌なら、家具も咒式具も買って来るな!!
 万年赤字生産機に向かって言い放ったのは、風の爽やかな初夏の頃。無理矢理に了承させた約束を、やはりというかギギナは無視しくさり、その後も順調に請求書を量産し続けた。俺の悲哀も激怒も何処吹く風とばかりに我が道を突っ走り、時は流れて盛夏へと至る。
資金潤沢な世間一般では、光熱費が跳ね上がる季節だ、が。
「暑い……」
「自業自得だ、バーカ」
 誇り高きドラッケンの戦士は、真夏でも真冬でも己の生き様を賭け、恒例の儀式を屋上で行っている。暑さに弱い癖に馬鹿じゃないのかと毎年思うが、直後に本当に馬鹿なのを思い出して哀れんでしまう。例え早朝だろうと、陽が照りつける屋外で唄って踊ってたら暑さも倍増だ。いつかクドゥーの最中に熱射病で倒れる日が来たら、大笑いして水をかけてやろう。日陰へ引きずってもらえるなんて甘いことは考えるなよ……重過ぎて不可能だとはあえて言わないが。
 クドゥーを終えたギギナは、事務所に戻るなり長椅子に倒れこむ。それは夏の年中行事だ。以前は冷房のきいた事務所で、じきに体力気力を回復していたが、蒸し風呂サウナ状態の現在はトドメをさされているようなもの。たまに床にへばりついたり、事務所内の日陰を求めて移動するナマモノが観察されるが……見掛けは相変わらず極上なだけに、可哀相で笑えてくる。
 寒冷地帯の生物は必要ないので汗腺が少ない。すると発汗による体温低下がうまく行えなくて暑さに弱くなる。よってギギナは暑さが苦手である、らしい。
 いっそ適当な女のところでも出かけてこい。冷房がガンガンにきいた部屋に招き入れてくれる女性の一人や二人や十人くらいはいるんじゃないか。ヘバるギギナが余りの鬱陶しくて教えてやったら「余計な運動はしたくない」などという素晴らしい返答。さて何処に突っ込むべきなのか。余計扱いは酷いだろうとか(ギギナに言っても無駄だな……)そこまで弱ってるのかとか(弱点は面白いが、仕事に差し支えると困る)色々言いたいことは山積みだ。
 死に掛けたギギナは請求書の入手枚数も減らしており(ゼロじゃないのには、怒りを通り越して感心する)流れる汗は滝のようでも、俺の機嫌は上々だった。
 本当に作動不能になられては仕事が成り立たないので、スタミナ料理を食わせてみるとか、氷菓子を出してやったりと、珍しくギギナを気遣ってみたりして。餌につられたか本気で女を漁る気力も潰えたのか、おとなしく出社してくるギギナを、俺はにっこにこで構っていた。当社比五倍くらいは愛想が良くなっているのには、うだる暑さが俺の頭にも謎の作用を起こしてないかと己に突っ込みたくなるところだ。
 それにしてもギギナをここまで弱るなんて、図らずも顔が笑ってしまう。下手に突くと我が身が危険そうなので、からかえないのが残念だ。時に暑さはひとを凶暴にする。奴を陥れる絶好の機会なのになあ。
 俺だって冷房ナシは辛いが、ギギナよりはマシ。窓からの微風を頼りに、黙々と事務処理に励んでいられる。人型警戒装置が不調でくたばってる以上、防犯上は窓を開け放つのはよろしくないが、さすがに閉め切っていては生存が危うい。
 何のかんの言いつつ、重役並でも一応は出社してくる相棒は、妙なところで律儀だ。しかし奴にも限界というものはあるだろうなあと思い始めた矢先に、悪夢の夜は訪れた。



「なんだよ、泊まって行く気か?」
「……うるさい。耳が腐るからさっさと消え失せろ」
 芸の無さ過ぎる台詞は、長椅子の上から弱々しく返った。
 帰ったらようやく冷房の恩恵に預かれる。よって俺だって言われずとも早く帰宅したいのだが、へばっている男は、このまま事務所で休むつもりらしい。娼館に行く気力すらないのはざまあみろだが、俺がいなくなれば奴は当然のように冷房を入れるに違いない。
 エリダナの熱帯夜を冷房無しで眠れというのは拷問だ。俺も自宅ではクーラーを使用しているし、ギギナにも涼しい場所で休む権利はあるだろう。しかしそれは、ギギナが金を出すか他の女が金を出すか、つまりは俺の懐は痛まぬ場所限定でお願いしたい。
 俺の家と、事務所と。二箇所でクーラーを動かす光熱費を考えると、何だか熱気が頭を侵すような錯覚。ぐらりとよろめいた原因は暑さか否か。そこまで困窮している己が哀れになる瞬間だ。
「わかった。俺も泊まる…………」
「――なんだと?」
 ギギナの訝しげな、というか焦ったような表情を見ながら大きく溜息。心配しなくても、エアコンを使って構わないよ。光熱費は一箇所で済ませたいだけだから。
 仕方ないから体力回復に夕食もサービスしてやるかと、冷蔵庫の中味を思い出しながら長椅子の前を通り抜けようとして足が止まる。何故だか、ギギナに腕を捕まれている。
 寝転がる男を見下ろすと、妙に真面目な表情で見つめられていた。
「なんだよ、離せ」
「――同じ部屋に泊まるとは、誘っているのか」
「……………………は?」
 意味不明な発言に、しばし思考が停止するが。
 いっそ真摯な、とでも表現したい眼差しを見て状況を理解し血相が変わる。
 焦って離れようと身じろぐが、同時に足を払われて体勢を崩し、見事な手管で長椅子に組み敷かれてしまう。
「自分が挑発したのもわからないのか? ……可哀相な奴だ」
「可哀相なのはどっちだよ!?」
 自業自得だと耳元で囁かれて鳥肌が立つ。薄気味悪い真似をするな、重低音を聞かされるとゾクゾクするだろうっ。
「な、ちょ、待て。馬鹿を言うな! これまで仕事とかで何度一緒の部屋でに寝たと思ってる!?」
「その度に私がどれほど自制心を試されていたか、貴様は微塵も気付いていなかったのだろうな」
「……お前の変態っぷりなんて知るか!」
「ふむ。ではこれから一晩かけてじっくりと身体に教え込んでやろう」
 吐息がかかる位置から、愚者を哀れむ眼差しが注がれる。確かに可哀相なのは俺の方だが、寧ろお前の頭もすっごく可哀相だぞ。脳が溶解して、相棒の性別も判断できなくなったのか。
「おま……幾ら熱帯夜に出歩きたくないからって、手近で済ませすぎだ!」
「誘われて応えぬのでは、あまりに礼を失する」
「いや全然誘ってないから問題もない!」
 ぎゃーぎゃーと騒ぎながらも攻防が続いていたが、展開の異常さに凍りつきそうなところへ奴の手際のよさが重なり、季節柄ただでさえ薄着の俺は、瞬く間にシャツの釦を全て外されズボンのチャックまで下ろされてたりして。
 これは奴の嫌がらせじゃなく本当に本気でヤられるんじゃないかと、今更ながらに血の気が失せてくる。
「や、止めろ離せって! 暑いから運動はしないんじゃなかったのか!!?」
 ジタバタ足掻きながらの決死の訴えは、ギギナの心の琴線に触れたのか。身を起こした男は、どうやら可哀相な頭を働かせ始めたらしい。祈るような気持ちでギギナを見守っていた俺は、すがるような情けない顔をしていたに違いない。後から考えれば、それすら悪趣味な男に熱を注ぐ行為だったのか。
 やがてゆっくりと上から退く動きに、ほっと息が洩れた。立ち上がり事務机に近付いたギギナを確認しつつ、俺も身を起こして呼吸を整え身繕いする。思えば俺の明晰な頭脳も、この肝心な場面で状況判断を誤るほど猛暑にうだっていたらしい。
 釦をはめようとして視線を胸元へ落とした一瞬の間に、ギギナは再び俺の前に舞い戻ってきた。
 慌てて逃げるべく腰を浮かせたのを逆手に取られ、あえなくうつ伏せに押し倒される。先の体勢より更に危険な格好に青褪める猶予もなく、剥ぎ取られたシャツが後ろ手に手首を拘束。下穿きまで引き摺り下ろされて、まな板ならぬ長椅子の上で悪夢開始へ秒読みがスタートする。
「――暑いのは嫌なんじゃなかったのか!?」
「周囲より体温を上げれば暑さも感じなくなる。まさしく一石二鳥だな」
「いやそんな誤魔化しはやめて純粋に涼しさを味わった方がいいと思います冷房をつけて結構ですから頭を冷やして下さいお願いしま……やっ」
「もう、つけてある」
 がぶり。
 言い放つや否や、肩口に噛み付かれて悲鳴が上がった。かなり痛い。振り返り、生理的に潤んだ眼で睨みつけてやると、ケダモノはくつくつと喉で笑いながら噛み跡を舐めてくる。ぴりりと痛みが走ったのは、血が滲んでいる所為だ。文字通り俺を喰うつもりじゃないだろうな。
 喉元に指が這わされて、緊張が走る。あと少し力がこめられれば、跡がつくどころか呼吸も血流も止められてしまう。怯えた俺を宥めるように、首筋から背骨に沿って唇が落とされていく。所々で甘噛みされて、その度に腰が跳ね上がった。
 気が付けば低い作動音が室内に響き、エアコンが冷気を吐き出し始めている。どうやら俺の机でリモコンを発掘していたらしい。
「これで暑くはなくなったから、心地良く運動ができるな」
「…………これは悪夢だ真夏の熱帯夜が見せた幻だ俺は自宅で寝惚けているんだ頬をつねったら痛くて眼が覚めるんだきっとそうだ」
「では、夢ではないと信じられるまで痛みを味あわせてやろう?」
 身じろぎも許されず、されるがまま足を開かされた俺は、ぶつぶつと現実逃避を試みる。膝を立てさせられて、一生誰にも披露する予定の無かった場所に視線が注がれる。ナニをされるのか知識があるからこそ、恐ろしさに確認せずにはいられない。必死に頭をねじまげて背後を窺った俺は、余計な好奇心のせいで見なくてイイものを目撃してしまう。つまりギギナの、蕩けるような極上の笑顔を。
「……もっとも、味わうのは痛みだけでは無いだろうがな」
 恐るべき甘い微笑みは、それこそが夏の暑さが見せた幻のようだった。


 夜通し見せられ続けた悪夢については……何も語りたくない。






あまりに寸止めなSSSを完成。
のはずが、結局寸止めぽいのは変わらなかったり。

ですが、こっそり暁さまへ捧げてみたり。