「……ガユス」
 息を荒げる男に、小さく呼びかける。しかし応えは返りはしない。

答は返らない

 ギギナは執着を持て余し、不本意な溜息を吐く。
 他者に振り回され妥協するなど全く自分の流儀ではないが、たった一人を手放すことができない。その無様さをも許容するなど、相手に溺れきった末期症状だ。
 見下ろせば組み敷いた男は、相変わらず不機嫌に眉間に皺を寄せていた。
 先程まで、腕の中で散々に鳴いていたというのに、終わった途端に可愛げがなくなる。どうにもおかしな性癖があり、緩やかに快楽を流し込まれるよりも手荒く扱われることを好む。少なくとも口ではそう主張する。丁寧になんか扱うなと。
 その趣味は何とかならないのか。
 呆れて尋ねれば、更に不機嫌になる。
「放っておけよ。おまえには不都合ないだろうが」
 カラダだけ満たされればそれでいいと嘲笑う。ココロを満たす為の行為ではないだろうと。
 この男はどうにも厄介だ。
 恐らくは愛して欲しいと思っているのに、愛されたいと願っているのに、何を言っても信じようとしない。意地を張って口先で否定しているだけなら放っておくが、単純明快に他人が信用できないらしい。たとえ自分の相棒すら。
 戦闘の時は何処にでも触れさせて、躊躇わず疑わずに身を任せてくるのに。他者の命や価値を惜しみ、いつになっても甘さを捨てられぬ軟弱者なのに。日常の中で告げた言葉は、ことごとく偽りだと思っているのだ。
 本当は、優しくされて甘やかされて、名前を呼ばれるのが好きなくせに。そうされると気持ちよさそうに身体を震わすのに、そんなことはないと意地を張り、張り通せずに弱さが覗く。零れ出る脆さを、見ない振りをするにも限界がある。
 面倒な男だと溜息を吐けば、何を勘違いしたのか眼差しが揺らいだ。
「……ガユス」
「なんだよ――まだ、足りないのか?」
 見放した訳ではないと教える為に、横たわる身体に再び手を伸ばす。口で何と言おうと彼には伝わらぬから。せめて確かな身体の熱だけでも流し込んでおくために。


 もはや唯一の存在に耽溺する己を認めるにやぶさかではない。なのに肝心の相手は、恋からも愛からも眼を逸らす。手に入れたいと望みながら、失う未来を勝手に想定して怯えている。想う気持ちは同種でも、行き交う心は通じたためしがない。
 無造作に揺さぶり、追い上げれば、意味の無い喘ぎだけが口をつく。
 もっともっと激しくしてくれと訴える言葉が、強くこちらを感じたいから発されたものなら、喜んで応えてやるものを。
 それはただの被虐趣味であり、肉体の反応に従っているに過ぎない。
 泣きじゃくる男は、完璧に理性を飛ばしている。行為の際には珍しくないが、正気に返ると醜態は忘れているらしい。記憶していたら憤死するか、本気で相棒を抹殺する計画を練るだろう。
 それをいなしてコトに持ち込むのも愉快だが、次が面倒になるだろうから黙っておく。否応無しに熱を煽ってくる仕草も鳴き声も、全てはギギナだけが知る秘密だ。それらが彼の余裕をなくす程の威力を持つというのも、教える必要のないことだった。どうせガユスは信じたいものしか信じない。
 潤んで揺れる藍色の瞳も、何のてらいもなく伸ばされる両腕も、この瞬間だけ曝け出される彼の本心を示すもの。本当は、抱きしめて愛して欲しいのだと。
 彼の複雑に捻じ曲がった思考は理解しがたいが、こうやって明白に願われれば応えてやれる。ギギナに本心を悟られるなど、これも正気ではない証明なのだろうが。
「……ガユス」
「も、やだ……はやく」
 返事をする余裕もなく、しがみつきながら赦しを請う姿は、この上なく嗜虐心をそそる。同時に甘い罪悪感を生み出し、優しくしてやりたいとも思う。おかしくなった瞬間だけ、男はすべてを明け渡してすがってくる。その姿が見たくて、いつも過剰に刺激を与えて泣かせてしまう。
 絶え間なく注ぎ込む快楽に蕩ける細い身体を、潰さぬよう注意しながら抱きしめる。
 くちづけて深く口内を侵せば、夢中で応えてきて。吐息も嬌声も奪いながら追い上げると、彼は大きく震えながら欲望を吐き出した。それでも許さず執拗に揺さぶり続ければ、力なくしがみつきながら再び達する気配。激しい締め付けに奥底へ白濁を叩きつければ、身を仰け反らせて意識を喪失する。
 その瞬間の、うっとりと快楽に酔いしれる表情に、魅せられて絡めとられてしまう。
 逃げられずに追いつめられているのは、ギギナの方なのだ。どれほど厄介でも、このイキモノから離れられないのはギギナで、ガユスではない。
 だが、相棒とは同等の存在なのだから、ガユスも同じにならなくては不公平というもの。
 幾らでも、貴様の望むものをやろう。貴様が気付かぬ内に、その心まで満たしてやろう。戯言の得意な口には出せぬものを惜しみなく与えてやるから、拒絶を止めてもっと寄越せと強請ってくればいい。嘘を吐かずに真実をさらけだして見せろ。我に返った時にはぬるい温度に馴らされて、離れられなくなるくらいに。私から与えられるものが無ければ、生きていけないようにしてやりたい。
「……ガユス」
 瞼を閉じてしまった男から、応えは返らない。それが不満で、不安で。
 執着を自覚して、ギギナは溜息を洩らす。
 厄介な男を捕える為に、形振り構う余裕すらない。どうすれば、彼の心まで捕えることができるのだろうか。答は、どこからも返ってはこない。







実は最初は裏作品だったのですが。
書きたい部分以外をそぎ落としてる内に、裏である必要がなくなって……というか、
15Rと銘打ってる作品より危険じゃないような。

裏問合せを頂いた記念?に裏更新、だったはずが。
まるで裏じゃない
ですが、こっそり暁さまへ捧げてみたり。