ただの戯言

 理由も述べずに始めさせた関係は、いつしか当然の如く受け入れられていた、と思う。
 心情を伝えるなど柄でもないから、何かを言おうとは思わなかった。
 何も聞かれないから、それで良いのだと思っていた。

 相棒が行為の最中にふざけたことを言い始めたのは、どれだけ経った頃だろうか。


「愛してるよ」


 甘いはずの言葉を、よくもそこまで空々しい響きで吐けるものだ。
 意味も告げず暇つぶしの如く交わる、その最中にその最後に。
 にやにやと笑いながらガユスは囁く。
 まるで真剣さの無い言葉は、リップサービスですらない薄っぺらなもの。
 何時の頃からか、触れる度に囁かれるアイのコクハク。
 無性に不愉快で睨みつけても、意に介さずいなされるばかりだ。

 半ば無理矢理に始めた行為が、ガユスの意に沿わぬものだとは知っている。
 それでも回を重ねる内に抵抗は無くなったから、仕方なくでも受け入れる気にはなったらしい。
 許容できる範囲ならば、相棒の戯言に付き合うのが彼らの流儀だ。この行為もガユスの中では『仕方ないコト』に分類されたのだろう。そう思いつつ腹が立つのは、それこそ仕方ないのだが。行為の合間の呟きは、あまりに悪趣味な意趣返しだった。


「――愛してるよ、ギギナ」


 コトの終わりに、いつも通り吐き出された戯言。
 普段は聞き流して放っておくのだが、そういえばと。
 ふと性質の悪い反応を思いついたのは、眼鏡置場からの悪影響だろうか。
 やられてばかりは性に合わない。多少の意趣返しは構うまい。
 そういえば私からは一度も言ったことがなかったな、と。思いながら、まじまじとガユスの顔を見つめる。
 彼と違って戯言ではないのが、腹立たしいところだが。


「なんだよ、俺の顔に見とれちゃってるんですかギギ……」
「愛しているぞ、ガユス」


 賢しげな顔でくだらない軽口を叩き出すのを遮って、耳元に甘く囁いてやる。
 途端に腕の中で身体がびくんと震えた。
 一瞬浮かんだのは、無防備な驚きの表情。
 直後にかすめた酷く痛そうな傷ついた表情は、素早くシーツの中に隠れてしまう。
 思いがけぬ反応に驚いて、少し鼓動が早くなった。

 この顔を知っている。
 肉体ではなく精神に痛みを覚えたとき、相棒がいつも浮かべる表情だ。器用に隠したつもりでも、浮かぶ揺らぎには気がつく。その理由はわからずとも、傷ついているのは察知できる。
 戯言に戯言を返すなど、あまりにいつも通りなのに。冗談として受け流せず、動揺するのは何故だ。
 思いついた答はあまりに自分に都合よくて、らしくもなく何も言えなくなる。



(嘘のふりをしてなら、真実を口にできる)
(拒絶が恐ろしくて、本当だとは言えないけれど)










すれ違いの話を書こう、と思った記憶があるんですが。
何かが違う気もしますよ。
そもそもは、拍手の話にしようと思ってたのに……