触ってしまったらなら。我慢できなくなるのに。
 この男はどうして挑発を止めないのだ。普段はあんなにも賢しく立ち回るくせに。
 舐められているのか。信じられているのか。
 私が決して本当には、おまえを傷つけないとでも?

 その考えは概ね正しいが、こちらにも限界というものがある。
 私が何を想っているか気付いていないにしろ、悟るものはあるはずだ。
機嫌が悪いと知って付け込むのは、私達の間ではあまりに当然の行いだ。引き際を誤ると火傷を負うのもわかっているだろうに。
 煽り立てておきながら、手を出したなら裏切られたと言わんばかりに非難してくるのだろう。なんて厄介な相手に眼をつけてしまったのか。己の愚かさに自嘲が洩れる。
 千切れそうになる理性の糸を、深呼吸をして繋ぎとめる。
 葛藤するこの瞬間に触れたなら、力加減を誤りかねない。
 腕の中に拘束し、もがいても許さず、暴れるならば手足を折ってでも。
 彼我には絶対的な力の差が有り、無理強いすればことを為せると確信するからこそ、歯止めを失うと途中で止める自信が無い。
 どんなに泣き叫ばれようと、むしろ嗜虐心を煽られるばかりになってしまう。いつでも可愛気のない戯言ばかり紡ぐ口から洩れる嗚咽は、ひどく心地良いものだろう。想像するだけでぞわりと背筋を走るものがある。それは、誤りようもなく快感だ。そして間違いようもなく歪んでいる。私の妄想の中で幾度どれほど破廉恥な真似をさせられているか、アレには考えも及ばぬだろう。

 けれど、苦しめたくないとも思うから。
 甘美な誘惑に負けそうになるのを、必死に堪えているというのに。賢いはずの男は、どうしてわからないのか。
 私の前を無防備にちょろちょろうろつき、軟弱な言動を繰り返して忍耐心を試してくる。襲って欲しいなら、一言そう言えばいいものを。鈍いのか愚かなのか、楽に生きるのを好む割には危機感が薄すぎる。利口な癖に要領の悪い、生き方そのもののようだ。
 ああ、それとも誘っているつもりなのか。
 自分からはっきり口にするのが嫌で、手を出されるのを待っているのか?


 ――それほどに望まれているなら、応えるにもやぶさかではない。


《終》


某所でうちのギギナはおとなしすぎると言われました。
そう言われてみると……むしろギギナの方がヘタレっていうか……(汗)