ギギナのように鮮烈に美しく舞い踊ることは出来ない。 己の醜さは、嫌というほど自覚している。 それでも、どんなに脆弱で臆病ではあっても、飼い主がいなくては生きていけぬ飼育動物に成り下がるつもりはない。 貧弱な爪を剥き出しに、卑怯な手管を駆使して、必死に足掻いてみせよう。 傷つき飛び立てず不恰好によろめく鳥は、それでも生きる為に諦めず羽ばたき続ける。 やがては堕ちて獣に喰われるとしても、最期の瞬間まで飼い慣らされぬことだけが、野生の誇りなのだ。 ギギナの隣に立つ資格は失わぬと、己に課した誓いを忘れはしない。 |
足元から鳥が立つ |
目を覚ましたとき、俺の前にあったのは肌色の暖かいもの。 何だコレはと思った瞬間、愛撫のように丁寧に髪が梳かれる感触。ひどく優しく甘ったるい触れ方が心地良くて、もう一度目を閉じてしまいたくなった。身体はもちろん心まで満たされる錯覚。久しく味わった覚えがないほどに安らぎを感じる。暖めるように抱き込むように、背中にまわされていた腕と素肌が接する場所のぬくもりが気持ちよくて――何か、おかしいと気がつく。 なんであったかいんでしょうか。 いや、暖かいのは良いんだが、明らかに人肌なんだけどコレは誰だ。 相手に心当たりが無いのが、唯一絶対的に問題だった。 現在の俺は、一緒に寝台で朝を迎えるような相手はいない訳で。 別に行きずりの相手だろうが浮気にもならないんだが、この身体はオカシイと思う。俺よりをすっぽりと包み込めるほど大きくて力強く……何故だか覚えがある気もしちゃうコレ――こいつ、は。 逞しくしなやかな筋肉がついた、肉体美の見本のような胸元を見ただけでも悟れてしまいそうな恐ろしさに耐えて、俺はそっと視線を上へ向けた――つまりは顔を確かめるべく。 そしてこの世で最も見慣れた顔と眼が合ってしまい、しばし凍りつく。 仕事ってのは社会人にとって生活の大部分を占める時間で、つまりはどれだけムカつく相手だろうと、同僚と過ごす割合は非常に高くて。稀有なまでの美貌の主は、どんなに努力しようと他人と見間違えることはできない。 つまりは。 頬にかかってくすぐったい銀髪の主は。 このまま死にたくなるほどに、奴でしかありえず。 ――我に返った俺が絶叫するまでの間、何故かギギナは黙ったまま俺の頭を撫で続けていた。 「何を考えてるんだ、おまえは!」 「……貴様から誘ってきたのだぞ」 「だからって頷くか、普通。酔っ払いのたわごとなんか拒絶しろよ!」 勝手で無責任な発言だとは思うが、こいつだって酔った俺が『おかしくなってる』のはわかってるはずだ。自慢じゃないが、酒に飲まれた俺に理性を求める方が間違っている。 そりゃ酔っ払いが迫って来たとしたら、ありがたく据え膳を頂こうって気になる経緯自体はわからんでもないが。可愛い女性ならともかく、その相手が俺ってのはどうなんだよ。腐れきってるだけの縁であろうと仮にも相棒であり、対等の関係であるはずの相手で(そう思ってるかは飼育動物呼ばわりからしてあやしいが)しかも男だ。俺の染色体にはYが入ってるんですよ? 頭はどれだけ軽量級でも、それこそ野生動物にも勝てるくらい目が良いギギナが、男女見間違える訳もないよな。発達しまくった本能の部分でわかるだろ。というより、これだけ長く付き合ってて俺の性別を忘れたなんてコトはさすがに無いはず。 ああ……付き合いが長いだけじゃなく、深くもなりましたね……って現実逃避している場合ではない。 そもそも既にやっちゃったモノはどうしようもない。 ……そうなんだよ、ヤっちゃったんですね。 叫びながら身じろいだ瞬間、腰やら何やら下肢を中心として鈍痛が走る。明らかな異物感は、初めての感覚。これまで死ぬほど怪我をしてきた俺をして、未だかつて無い痛みだった。特に主な疼痛の発生源の場所が。 ああカミサマ、これからどうしたらいいんでしょう……って、もうどうしようもないし。神に縋ってる場合じゃないって、己に突っ込んでる場合でも無いよ! ぐるぐると回る思考は、やはり平然と隣に寝そべり続ける男へと向かう。おまえな、俺から誘ったとしても俺が襲ったとは言わせないぞ。腕力的に正気でも無理なんだから酔ってりゃ尚更だろう。何で応えて下さったりしたんですか、抵抗できなかったはずはないだろうに。むしろ抵抗できなかったのは俺だ、多分。 「おとなしくしていろ――つらいだろう」 「お気遣いどうも!」 妙に親切ぶった男が、考えてみると奴にだけは言われたくないことを告げる。せめてもと寝台の中で距離を取るべく身体を離そうとするが、絡みついた腕が許可してくれない。それどころか、あやすように背中を撫で下ろされただけで、ぞくりと走るものがある。つまりは認めたくもないけれど、快感が。ちょっと触られるだけで感じるほど敏感になってるなんて、何をされたんだ俺は。そして何を考えてるんだ、ギギナは。最中の記憶がまったく無いが、かなりの無体をされたのは間違いない。昨日まで清いカラダだったはずなのに、何処まで慣らされてしまったのか。自己嫌悪で床下まで沈みそうっていうか、勝手に穴が出来て埋まってしまえないかなあとか。もうどうしていいんだかわかりゃしない。 もしや大流血の大惨事になってやしないかと恐怖にかられ、毛布に隠れている己の裸身を確認した俺は、直後に貧血を起こしかけながら見なきゃよかったと思った。ああもう泣きそうです。 ちらっと見えただけでも数え切れないほど鬱血痕がつけられて、肌の色が変わったような有様だ。場所によってはどす黒いくらいで、怖々触れると微かな違和感。痛くはないが当分消えないだろう。胸元も腹部もそれより下の方も、確かめがたい部分まで赤く染まっている。つまりはそんな場所にも、数えられぬ程くちづけられた訳だ。 これだけじっくり弄ばれて全く記憶に無いってのもどうだろう。即座に抹消したい経験ってのは数時間前の己に激しく同感だが、痕跡というか証拠が誤魔化せぬほど残っていては、忘れたのが却って痛い。俺自身が知らない空白の時間、それも多分かなりの醜態を晒しまくった時間を、よりによってギギナが知っているなんて。奴だけが覚えているなんて。 独り苦悩していた所為で、俺はすっかり忘れていた。当のギギナが横にいて、百面相をしている俺をじっと見ているということを。 「……なかなか可愛らしかったぞ」 「いうな―――っっ!!」 耳を塞いで叫ぶと、面白そうに笑う気配。悪趣味な変態め、なんでそんなご機嫌なんだ。 「随分と気持ちよさそうだったが」 「覚えてません知りません!」 「……なら、思い出させてやろうか」 必死に拒絶する俺の腕をつかみ、鼓膜へ囁きを落とし込む。そのまま耳朶に軽く噛み付かれて、ひくりと身体が震えた。 ちろちろと嬲られて、背筋を快感が走り抜ける。ダルくてたまらない下肢に、鈍く熱が灯り始める。たったこれだけ、他愛ない戯れだけなのに。もっと欲しいと求め始めている。 恐ろしく貪欲な己自身に驚愕して、俺は必死に巨体を遠くへと押しやった。正しくは押しやろうと試みた。しかし非力な俺には組み敷いてくるギギナを振りほどくのは不可能だ。 「暴れるな。ちゃんと善くしてやる」 「なっ……じょうだ……んっ」 首筋から喉元へと舌がたどり始め、聞くに堪えない嬌声が零れ出ていく。 ギギナに触れられていると思うと真っ青になりそうな内心と裏腹に、カラダは従順に応えてしまう。 どうしよう、何ていうか……凄く、気持ちイイんですけど。 「ギギナ、やめ……っ」 「何故だ?」 なぜって不思議そうに聞かれても、嫌だからとしか……あんまり嫌じゃないけどそれが問題っていうか。 「強請ったのは貴様からなのに、今更何を拒む」 嘲るような口調で耳元に囁かれて。 甘い余韻が一気に拭い去られる。今度こそ一瞬にして血の気が下がった気がした。 認めたくはないが、自分より大きな身体にすっぽりと包み込まれていると、奇妙な安心感がある。思い出すのは戦闘時に、庇われる刹那の感覚。死を意識する恐怖が一転して安堵に変わる瞬間の、身体も命も預けてしまえる信頼感。それは俺にとって非常にハマる感覚だ。自分を含めた人間の醜さや愚かさ、欲望や裏切り。それらのあまりに当然の如く与えられるモノとは異なっていて、ソレは絶対に裏切らないと信じられる。 疑り深い俺が心から信頼できるモノなんて滅多にない。というより他には無い。それが依存と言われようとも、理性ではなく本能が告げる感覚は誤魔化せない。普段は意識しないことで忘れたふりをしているが、俺にとってギギナはそれだけ特別なのだ。腹が立つくらいに。 正気の今なら抗える。けど酒が入ってた昨日はどうだったろう。みっともなく甘えてすがりついたんじゃないだろうか。本当は今も、そうしたいように。もっと可愛がってくれとしがみついたんじゃないのか。 それは許しがたい醜態だった。仮にも相棒として、対等であろうと足掻いている者が取らざるべき態度。誰が許そうとも俺自身が許しがたい愚かな行為。今のままでいい、それ以上の繋がりなんて望んでいない。 「ギギナ――手を離せ」 思った以上に冷えた声が響いた。 一息に下がった体温に気付いたのだろう。いぶかしげに、ギギナが動きを止める。 緩められた束縛を振りほどき、気怠さを無視して起き上がる。これ以上傍になんていられるか。 暇つぶしの性欲処理なら、幾らだって他に相手がいるだろう。馴れ合って、堕落するつもりは無いんだよ。 今回うっかり喰われたのは俺の不明が原因だと諦めるとしても、これ以後も意味の無い遊びを続けられてはたまらない。ここで嫌だとはっきりしておかなくては、ギギナに調子にのられてしまう。 俺から誘ったって? ああ、そうなんだろう。お前から俺を誘う必要なんか無いものな。 けれど、だからこそ、この無意味な遊戯は、俺から拒まなくてはならない。 飼育動物、愛玩動物と幾ら口先で言われたって、軽口でしかないならばふざけるなと怒鳴れば済む。不本意なその称号を事実にするつもりはなかった。 「……酔って絡んだりして、悪かったよギギナ」 極力平静を保ちながら。 なるべくふてぶてしく聞こえるよう心がけ、軽口に似せて謝罪する。 そのまま背を向けて寝台を降りると、つまらなそうに鼻を鳴らした男が、再び横になった気配がした。 |
足元から鳥が立つ……身近な所で意外なことが起こる。急に思いたってあわただしく物事を始める。 |
私的にはすっごい初期に書いてた作品です。
ようやくお目見え……
15禁くらいは行ってる気がしますが、とりあえずは表に。