『危険台詞お題』 (ギギガユ)




「もう我慢できないよ・・・」

 ふらふらと続けられている夜遊びは、傍目にも向いていない。
 彼は本当は、真面目に平凡に生きていくのが似合いの人種なのだろう。甘い言葉で戯れながら、小さな傷を舐めあって日々を過ごしていればよかったのに。それがうっかりとこちら側に転がったのは、運が悪かったのか間が悪かったのか、彼だけが悪い訳ではあるまいが。何をいっても今更ではある。
 しかし当の本人は、すべて自分の所為だと思っているらしい。生き方が不器用といえば、情けなくも聞こえいいが、思い上がりも甚だしい。彼に責任の一端があったにせよ、他者の生き様全てを負えるはずもないのに、何故思い切れないのか。
 今夜も彼は、酒に女に逃げて遊び呆けている。いつも通りと言えど、見苦しさにも限度がある。あれは我慢することを知らない。醜態を晒す前に止めてやるのが、せめてもの飼い主としての責務だろう。あの愛玩動物を管理し可愛がるのは、ギギナの義務であり権利なのだから。

「もう、我慢するつもりはない」

 呟きは己自身に。つい彼を甘やかしてしまう自分へと。
 口に出し、手を伸ばしてしまえば歯止めになるものは何もない。弱々しい抵抗は、ギギナを制止する強さを持たない。本当は彼が望んでいたことだ。強引に抗えぬ力をもって奪われること。流されたのだから仕方ないと言い訳しつつ、執着され必要とされることを望み続けている。欲しがられ貪られ、傍にいると囁かれてようやく安心する。けれど自分からは何も言わないまま。卑怯でズルい矮小なイキモノは、惰弱さをひけらかしながら構ってくれと叫んでいる。
 だからこれは、彼自身が望んだ行為だ。

 存分に鳴かしてやりながら、気付かない振りをする。
 我慢できなかったのは、自分の方なのかもしれない。


「…見てるだけでイッちまいそう」

 ギギナはとても綺麗だ。
 その事実は日頃はムカつく要因でしかないが、ある特定の瞬間だけは違うことを考える。
 組み敷かれて、上から見下ろされて。
 妙に優しげな顔をしている時も、冷酷な薄笑いを浮かべている場合でさえ。
 欲を秘めて見つめられているのだと、否応なしに実感する瞬間だけは。
 その瞳に自分だけが映っていると、確信できる刹那には。
 奴の綺麗な顔を見ているだけで、こちらもまた煽られてしまう。存在してるだけで、視覚的暴力を振るってるような奴だ。
 無駄に有り余ってる色気や美貌をもっと他にまわしたら、マトモな生物になれただろうに。例えば常識とか、優しさとか。いやそんなギギナなんて想像できないけれど。というより怖いけど。

 『見てるだけでもイッちまいそう』

 ……なんて莫迦みたいな台詞、永遠に口にする気はないが。
 口には出さなくても、心では思ってしまう。
 言葉には出来なくても、体は正直に反応する。
 見つめるだけで気持ちイイなんて、己の傾倒具合にまた熱が上がりそうだ。


「お前の身体は髪の先まで俺のモンだ」

 目障りな『飾り』が増えて以来、苛々して仕方ない。
 ギギナでさえ消えない『しるし』はつけていないのに、ガユスは何故あんな指輪を平気な顔ではめているのか。
 誰もが眼にする場所に、それも深い意味さえ感じさせる場所にはめられた指輪は、まるで飼い主の存在を示す首輪のようだ。
 例えガユスにそのつもりが無くても、贈り主にさえそんな気は無かったとしても、第三者に誤解を生じさせるだけで、許しがたい。それが真の主人への裏切りであると、気付いていないのがまた腹立たしい。
 例えば。湯を使っている時、他の何も身に着けていない時でも、あの指輪だけは外さずにガユスの指を捕らえ続けている。その心さえも。
 あの指に視線を落とす度に、ガユスはあの男を思い出す。一日の内に幾度も、彼へと想いを向ける。時の流れに風化させることなく、永遠にあの男を忘れない。忘れるつもりがない。ほんの僅かであっても、常にあの男へと割く心が存在するのだ。

「貴様の身体は髪の先まで私のものだ」

 ギギナは思い、そして呟く。その言葉を、ガユスの耳に届かせることはしないが。
 あの男が見透かした、依存する想いは消えることがない。だからこそ独占したいと願う執着心は、絶えずギギナの中に存在する。
 ガユスはギギナに必要なモノだ。故に、ガユスの全てはギギナだけのモノでなくてはならない。あぁ、愚か者にどうやってソレを教え込んでやろう。


「…お仕置きが必要だな?」

 動物を躾ける時は、悪いコトをした直後に叱りましょう。
 さもないと、動物は何が悪かったのかわかりません。

「貴様、依頼人に色目を使ったな?」
「はああ?」
「惚けるつもりか」
「あー冷静になろうな、ギギナさん。今日の依頼人は男でしたよ〜? そりゃ金払いは良かったから愛想は振り撒いたが、色目ってのは何だ」
「……やはり笑顔を絶やさなかったのは意識してのことだったか」
「いやいやいや何でそんなに殺気だつのかな、俺が何をしたって言うんだ!?」
「黙れ……仕置きが必要だな?」
「ちょっとちょっと待てええええええええっっ」

 ただし、動物に悪気がない場合は、躾が逆効果となる場合もあります。

「てめえ、絶対殺す!」
「ほう……私の愛玩動物は、まだ躾が足りないらしい」
「どっちがケダモノだか己を省みろっ!!」

 主人が誰か教えるのは大切ですが、嫌われては元も子もありません。
 お仕置きも、ほどほどにしましょう。



「もっと、ほしいよ」

 
触れられて、求められて。
 この男に欲されていると思うことが、劣情を誘う。
 誇り高く強い男。他者の支えを必要としない男が、軟弱で卑怯でどうしようもない俺なんかを欲しがっていると思うことが。

 もっと俺を欲しがってくれ。
 そうしたら素直に、もっと欲しいと強請ることができるから。
 もっと、もっと。
 何よりも、お前の想いが欲しい。


「そんなところ…汚い…」

 なんて場所を舐めてるのか、羞恥のあまりおかしくなりそうだ。
 ぴちゃりと音が響く度に、思わず泣き声がこぼれる。
 あまりにも恥ずかしい、感じていると白状しまくっている声が。
 いっそ狂わせてくれればいいのに、焦れったい刺激だけでは正気を失えない。

「やめろ……そんなところ、汚い……っ」

 さっきまで耳元で睦言を囁いていた唇が、下肢を飽きずに貪っている。
 必死にもがいても、腰を抱え込まれて身動きがとれない。自由な腕で、シーツを握り締めるのが精一杯だった。
 身体中のどこもかしこも、ギギナが触っていない場所は無い。外側だけじゃなく内側だって、全て探られ喰われてしまった。
 他人に触るのは嫌いだと言ってるくせに、俺の身体は隅から隅まで弄らないと気が済まないらしい。なんて悪趣味な男だ。口先と行為が、明らかに矛盾している。俺だけじゃなく、お前だって結構な嘘つきじゃないか。
 手を伸ばして、俺からもギギナに触れてみる。振り払われるかと思った指先は、意外にも黙って受け入れられた。それどころか、眼を細めて気持ちよさそうな表情。どんな女でも、お前に触れるのはタブーだって聞いたけど。それすら嘘だったのか?
 どこもかしこも綺麗なお前と違って、俺の身体と心は醜いもので作られている。それがわからぬはずは無いのに、お前の唇は甘い言葉を吐き続ける。
 汚くなんてないと囁く言葉は、明らかに嘘で。
 安っぽい戯言に笑ってしまう。

 やっぱりギギナなんて信用できない。


「言ってみろよ、どうして欲しいのか」

 意味のない喘ぎを洩らす俺へと、奴は楽しげに話しかけてくる。
「言ってみるがいい、どうして欲しいのだ?」
 あやすように囁かれても、簡単にねだれるものか。
 そんな妄言を吐き出したら、それは俺じゃない。
 あいにくと最中には何処かへとイっちゃってるガユスが出現する事実が確認されているが、理性の残った状態で莫迦を言い出せるほど恥を捨てた覚えはなかった。
 よって顔を背けて回答を拒否すると、笑う気配と共に下肢に伸ばされた腕が、不穏な動きを始める。
 より激しく煽りたて、それでも最後までは与えてこない愛撫。糞ったれらしい見事な嫌がらせだ。
 どうも奴は、追い詰められた俺がイロイロと恥ずかしいコトを口走るのが、楽しくてたまらないらしい。悪趣味にもほどがあるが、ギギナが悪趣味な変態で変人の色好みで救いようもないオスなのはわかりきった事実で。今更ぼやいても仕方ないくらいの常識である。
「……また余計なことを考えているな」
「う……るさ……あ、ああ……っ」
 ねじこまれた指が大きく動かされ、悲鳴を上げてしまう。
 涙目になりながら必死に睨みつけると、ケダモノは小さく息を飲んだ。平静を装いながらも、興奮している気配がにじみ出ている。俺なんかに煽られて、莫迦な奴だ。場数はよっぽど上だろうに、余裕ない顔しちゃって。
 さぁ言ってみろよ、どうして欲しいのか。素直に俺に要求できたら、甘えた素振りで応えてやらないこともない。


「・・・になら、何されたってこわくない」

 どんな無茶をされても、本当には怖くない。
 嫌だと口先で言っていても、本当は嫌じゃない。
 ギギナになら、何をされたってこわくない。

 だって奴は、俺が本当に心底嫌で堪らないこと。絶対に許せない最後の一線までは侵してこないから。口先で嫌だと言いながらも許容できる範囲を、見事なまでに見極めている。
 だからつい甘えてしまう自分を嫌悪しつつ、非常に気持ちよくって極上の気分にもなる。何しろ奴だって、普段からすると発狂したかと疑うほどに俺を甘やかしてくる。ならばまさにお互い様ということだ。
 どうやらこいつは、俺が最中に理性を飛ばして口走しったアレコレを、何もかも忘れていると思ってるらしい。
 欲しいと強請るのも、泣きながらしがみつくのも。
 舐めろと言われて、おとなしくしゃぶるのも。
 優しいキスに眼を閉じるのも、髪を梳かれて甘ったるい吐息が洩れるのも。
 終わった後、抱きしめられて眠る時にぬくもりを求めて擦り寄るのも。

 確かに正気に返ると平静ではいられぬコトばかりだが。
 実はけっこう覚えてるなんて、絶対に教えてはやらないけどね。





お題提供リライト様

濡れ台詞お題なのに、表に置ける程度。
……だめな子だよ自分!
残りはまた後日。裏行きだといい…なあ?
(2006/5/17)