非在の非証明 無限城での鬼ゴッコ――息抜きとなる遊戯のようでいて、危険な綱渡りを演出した少年の元を去った後でも、なごやかな熱気は大半の者たちの内に残っていた。 しかしそんな情動とは無縁の者もいる。 誰もが躊躇わずその中に数えあげる黒衣の長身は、自分と同じく斜に構えて事態を静観していながら、相棒やその友人を柔らかな眼差しで見つめる者へと、含みのある視線を流す。 「無限城の神の定めは変えられると実証された以上、事態は動き出してしまったのでしょう。至るべき終局へ向かってね……」 クス、と笑った男に向かい、不現の瞳を持つ若者もまた、ふてぶてしい笑みを返した。 「おまえが神を信じてるとは思わなかったぜ」 嘲る調子でからかうように。 告げられた言葉は死神の心に、いささかは波紋を広げたらしい。 瞳はわざとらしく見開かれ、口元には微笑。けれど喜びから生まれたのでは、決してないモノ。 「西洋では、今でも神について論じる機会は多いらしいですがね」 ならばあなたも神を信じているのですかと。 男が暗に問うた意味を理解しただろうに、気付かぬ素振りで答えない――答えたくない、と証明してしまうとわかってなお、答えられない。 この国の若者に神の不在を訴えたところで、どれだけの驚きがそこにあるだろう。無神論者というよりも、その存在に思いを巡らす機会自体が少ないから。しかし海の彼方の国の住人が、神の不在を確信したとき――神の無力に絶望した時の衝撃は。周囲の誰もが在ると口にする、慈愛が虚実にすぎぬと悟ってしまった絶望は、いかほどのものか。はてさて異国に生まれたという『彼』にとって、神とはどれだけの意味を持つのか。 この不遜な若者も、慈愛深き神の残酷さに嘆いた日はあるのだろうか? 完全にして不滅なる存在の不在を確信し、呻きながら泣き崩れた日があったのか? 「――そういうおまえは、神に何を求めてきたんだ?」 過酷な地において、それ故に人は絶対の力を求めて神に縋る。かつて世界に名だたる唯一神信仰が、厳しい砂漠で生まれでたように。今も多くの人々は、神を信じて神にすがり、神の名のもとに戦っている。その実在を疑う者には理解及ばぬ争いは、現実として存在している。 脳裏を過ぎる残像に目を瞑り、男は口元に薄っすらと笑みを刷いた。 忘却の彼方に押しやったはずの景色。神に祈り、その無力を確信した瞬間。どれほど時が過ぎ去ろうと、消し去ったつもりが甦る記憶。破壊と死だけに満たされた忌まわしい世界。 呪われるべきは己自身であると、悟った一瞬。 「では、あなたは神に絶望したことは無いのですか?」 問いかけに少年は黙り込むが、そうさせた男は沈黙の意味を取り沙汰しようとはしなかった。 口をついて出た言葉に弾劾の意味はなく、単純な疑問が洩れでたに過ぎない。彼にとって相手の過去の闇など、価値が無い。己を楽しませてくれるのは、今なのだから。 現在の在り方にこそ興味は集約している。ただの通過点に何程の意味があろう。その深遠を覗く趣味はない。拒絶の沈黙をもたらしながらも、そうさせた相手の抱える闇には頓着しない。 けれども確かに過去は現在と繋がっている。現在の肯定は、前提となる過去の受け入れをも意味する。厳粛なるその事実は、何故に多くの者に拒まれるのか。 よぎる疑問には自嘲が混ざり、笑みは更なる闇を増す。 うそぶく自身の愚かさを、誰知らずとも己で理解している。 言葉の押収は、互いの傷をえぐりながら、核心には触れられることはない。 「悪ィな。死神に商売敵の話をしても無駄か」 「ああ、失礼。魔女と神とは相容れぬ立場でしたね」 ほとんど同時の呟きは、互いに回答を放棄したことを示していた。 ゆるやかに毒をなすりつけ、蝕みあって悪夢に浸り、笑いながら死に戯れる。 お互いに、絶対に触れられたくない傷があると察知して、そこに塩をなすりつけてみる。 いつか、自制の限界を越えた相手が。 誰もに等しく与えられる最期の、破滅という救いをもたらしてはくれぬかと渇望する。 |