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それは日常の切れはし。
それは幻想のかけら。
願わくば、せめて夢の中では。
彼らの願いが叶いますよう。
台詞お題
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10.「嬉しい。本当に来てくれたんだ」 本当に来たのかと、来てしまったのかと。 小柄な少女を確認して微笑んだ。少し苦い笑顔で。 呼び出したのは自分自身だ。しかし彼女が来なければ良いと、何処かで思っていたのかもしれない。 彼女が好まぬ種類の店で、彼女が好まぬ未来のために。 少女が応じなければ、何か変わっていっただろうか。 きっと来ると、わかっていたが。 親しいと言えるほど、互いに深い付き合いではない。そのつもりでいたのに。 けれど彼女が現れたのは、自分を信じているからだ。 理由も無くはめられるはずがない、理由も無く害されるはずはない――狙われるような、理由は無い。 定められた運命の輪がくるくると回りだす。 もはや留めることは出来ない。 鏡に映る姿のように、今ある本当は逆様になる。 |
◆ 赤屍さんと卑弥呼ちゃん |
18.「遠慮させていただきます。私だって自分が可愛い」 泣きそうな目でこちらを見ている銀次の視線に、波児は気付かぬふりをする。 死神につかまった少年は哀れだと思うが、ちらりと見た男は露骨にこちらを威嚇していた。 ああ心配しなくたって、野暮な口出しなんてしやしないよ。 こっちだって、我が身が可愛い。年甲斐もなくあんたと戦いたくなんてない。 「……いい天気だなあ」 外は、あまりに鮮やかな青い空。 真っ赤な血の色とは、好対照な清々しさである。 心だけでなく、記憶も洗われてくれぬものかと。 叫び声をBGMに、虚ろに空を見つめた。 |
◆ ホンキートンクにて |
25.「靴を脱げ、靴を!」 「おや、おかえりなさい馬車」 「…………おう」 今更といえば今更なのだが、ここは自分の家である。 なんでナチュラルに赤屍に迎えられているのだろうか。 堂々と居間でソファに寝そべっているイキモノに、合鍵を渡したりした覚えは無いのだが。 「…………せめて、血はぬぐえ」 「ああ、済みません」 次から気をつけますと、平然と応える男。 最初から考えると進歩しているのかもしれない。 家に上がりこんだはいいが、上着も帽子も靴すら言われるまで身につけたままだった頃よりは。 まずは靴を脱げと、玄関からひっきりなしに世話を焼いたものだ。 (アレがよくなかったのか?) (あの時、受け入れてしまったのが?) もはや言っても仕方ないこと。 故に男は苦笑を浮かべて死神を受け入れる。 |
◆ 馬車さんちの日常 |
31.「さあ、行こうかお姫様」 促せば彼女は、凍った眼差しのままでついてくる。 これこそが彼女の、あるべき姿なのだ。 時が至れば、より美しく羽化することだろう。 こうなると知って、観察を続けてきたのだけど。 いつだって生気に満ちて輝いていた瞳が見られないのは、少しだけ残念だった。 |
◆ 鏡さんと卑弥呼ちゃん |
32.「さよならマイジーザス」 無限城は、神に支配されている。 そう気付いたのは随分と昔だったけど、構いはしなかった。 自分の神は他にいたから。 神の子と呼ばれる救世の王が、自分を導いてくれるから。 無限城の神ですら、きっと彼には敵わない。 だけど、彼は去ってしまった。 電子の城の改変者は、自分達を見捨てたのだ。 残された者は――それでも生きていく為に、足掻くしかない。 アーカイバの秘儀を紐解き、類い稀なるレンズを手に、少年は呟く。 黒き神へと、最期に必要な品を依頼しながら。 「――さよなら、銀次さん」 神は、何も応えてくれない。 |
◆ マクベスから銀次へ |
33.「知ってるよそんな事」 「あの男は残忍で冷酷で極悪非道な殺人鬼なんですよ?」 「そんなこと、知ってるよ」 真摯な眼差しで元主君に訴える美麗な青年に、神の子供はきょとんと首を傾げる。 ああ確かに。 いかにお人好しでのんきで天然な彼でも。 あの死神が目の前で披露した行為を忘れてはいないだろう。 「――では何故、あなたは彼に近付くんですか?」 疑問はその点に集約されるのだが、問題も其処で起きる。 『だから』近付くなという当然の理屈が、なぜか通用しないから。 神の子とユダなんて、出来すぎている。 いずれ至る結末まで同じだと決まっていても、それでも少年は同じ言葉を返してくるだろう。 知ってるよ、そんなこと。 それでもいいんだよ、と。 |
◆ 花月ちゃんから銀次へ |
34.「死なないで、ここにいて」 倒れた死神に向かって、少年は必死に呼びかけていた。 彼らしいと言えばそれまでだが、呆れるしかない。 起き上がった死神に、やはり少年は怯える。 命あることを喜びながらも、それでも怯えはする。 彼はわかっていない。 自分がつきまとわれる原因は、常に自分にある。 彼が自分から、死神に「ここにいてくれ」と訴えているのだ。 |
◆ 赤屍さんと銀ちゃんを考察 |
35.「すぐにでも伺いますよ」 とりあえず銀次は焦っていた。 それでつい、携帯電話に出てしまったのだ。相手が誰だか表示されていたのに。 「……あの、赤屍さん?」 「――その声は銀次くんですか。どうしてあなたが卑弥呼さんの携帯に出るんです?」 銀次と卑弥呼がやりあっていた以上、答はひとつしか無いだろうが。 死神は懇切丁寧に少年に疑問を投げかける。いっそ、怒ってくれた方が気楽なのに。 「あのですね、卑弥呼ちゃんが気絶しちゃったので、回収に来てもらえないでしょうか……その、荷物は俺が頂いちゃったんですが」 「おやおや。それではすぐにでも伺いますよ」 「いえ! ごゆっくりどうぞ。俺はすぐ退避しますし。ここ、他に誰も来ないだろうから安全だし!!」 「落ち着いてください銀次くん。あなたから荷物を取り返す関係上、すぐに伺うのは当然でしょう?」 「う……ううう。やっぱりそうなりますか……?」 「ええ、勿論。あなたとやりあえるなんて楽しみですよ♪」 しくしくと、滝の如く涙を流しながら。 それでも卑弥呼を路上にほっぽっとく訳にはいかないので、銀次は己の所在地を伝える。 この善行が、自身の死刑執行への第一歩だとは思いつつも。 赤屍が来る前に立ち去ろうと心に誓いつつも――ひとつだけ、確認せずにはいられない。 「…………あのですね、赤屍さん。あなたと戦ってたはずの蛮ちゃんは、どうしたのでしょう?」 先程から何故か、相棒は電話に出てくれない。 約束したはずの場所に、現れる気配も無い。 「――すぐにでも、そちらに伺いますよ♪」 朗らかな一言を残し、無情にもプッツリ電話は切られた。 |
◆ さて銀次は逃げ延びられたか |
46.「疲れてるんじゃないのか?」 気のせいかもしれないけど、最近誰かに見られてる気がする。 不意に殺気を向けられた気がして振り返っても、誰もいないんだけど。 時々――黒い影が目の端をかすめる気がするんだ。 いつものように喫茶店でツケてもらった食事を貪りつつ。 人心地ついた少年は、眉間に皺を寄せる。 さすがに、ちょっと気持ち悪いのだ。というか、怖い。 「ストーカーだったりして?」 「だって、俺は男だし。つけまわしたら変態だよ」 「最近はヘンなヒトが多いから、わからないですよ〜?」 ほえほえと笑う少女の言葉はシャレにならない。 会話にあえて混じらずにいた店主は、遠い目をして乾いた笑みを浮かべる。 少年の背後にまとわりつく黒い影。 何となく、何なのか(誰なのか)わかる気もしたが。 「…………疲れてるんじゃないか?」 予想される答を、口にしようとは思わなかった。 ――あまりに、哀れだったので。 |
◆ ホンキートンクは今日も平和? |
50.「遠いところがいい。誰も知らない遠くへ」 マイナス思考とわかっていても、つい考えてしまうことがある。 何もかもを振り払い、どこかへ去ってはいけないだろうか。 別に何も要らないのだ。欲しいものなどひとつも無い。 楽しさも喜びも憎しみも怒りも仲間も金も名誉も愛も――自分も、必要ない。 全てを捨てて、誰も知らない遠くへと消えてしまいたい。 何も知らなかった頃へと、還ってしまいたい。 ああだけど。 誰も知らない遠くへ行っても、其処にいる誰かが私を知るだろう。 いっそ世界のすべてが失われてしまえばいいのに。 |
◆ 死神の独白 |
57.「猫派なんだ、私」 男の一人暮らしで、しかも帰りは不規則ときては、ペットなんて飼っていられない。 特に犬は駄目だ。毎日散歩になんて行けない。餌だって水だって世話できない。 忠実で従順な人間の友であろうと、孤独に繋がれていてはたまらないだろう。 しかし仕事で疲れて帰って来た家に、何かイキモノが居るというのは悪くない。 手間がかかり、余計に気疲れしようとも、妙になごむものがある。 そうは言っても世間では、居るものによると呆れるだろうが。 こまめに面倒などみていられないから、気まぐれに立ち寄る野良で丁度いい。 現れたときにだけ、構ってやるくらいしか出来ないから。 気まぐれで、我が侭で、好き放題に生活をかき乱す。 それでも偶の仕草が妙に可愛らしくも見えてしまって、本気で怒りを感じない。 並び立てるとまるっきり猫の特徴だ。あまりに物騒な爪を持っているけれど。 そして今日も、家には灯りが点いている。 すっかりと慣れてしまった自分に自嘲しながらも、心は躍る。 |
◆ 馬車さんおうちに帰る |
71.「ま、いっか。私には関係ないし」 危ない男、怖い男、殺しにしか興味ない男。 何を考えているのか、いつだってサッパリわからなかった。 切ない瞳、形だけの微笑、遠くを見つめる眼差し。 過去の重みを垣間見せても、いつもと変わらぬ顔をしていた。 「ま、いいか。あたしには関係ない」 あっさり思い切れるのは、害が無いからだ。 仕事を途中放棄されるのは困るが、味方でいれば襲っては来ない。 やりあうのだけは御免だった。 出会ったときから物騒だった男は、近頃ますます恐ろしげである。 最初の日から楽しげに笑っていた男は、今でも微笑を絶やさない。 それでも確かに、変わっていくものはあるけれど。 ふと振り返ったとき、あの男の視線が和らいでいるのも知っているけれど。 「……ま、いっか。あたしには関係ないもの」 そういいながらも彼女は、彼の呼ぶ声に応える。 たとえば用件も言わぬ深夜の呼び出しに、応じてみせる。 馴れ合う己の心を知らず。 信じている己の無意識を覚えぬままに。 そんな彼女は、自分を見つめる視線の意味を知らない。 |
◆ 魔女と死神はこっそりなかよし |
72.「全くもって不本意です」 その日、依頼の結果として死神はひとりの子供を救った。 少年は満面の笑みで、いつもは恐れる死神に礼を言う。 「赤屍さんて、優しいところもあるんだね!」 恐れ気もない言葉には、毒気を抜かれるというより脱力してしまう。 ただの成り行きに過ぎないのに、そこまで善意に解釈できるとは呆れ果てる。 「俺、すっごく嬉しかったです!」 全くもって不本意だ。 子供が助かったのはともかくとして。 あの少年を喜ばすために、依頼を遂行した訳ではない。 |
◆ 不本意な死神 |
76.「無理無理、この辺で諦めときなよ」 道無き道をかっとばすのは趣味でさえあるが。 人生の道はなるべく、安全に慎重に選びたいものだ。 しかしどこかで進路を間違えたのは、もはや言うまでもない。 自室へ到るマンションの廊下を歩きながら、嫌な予感がしていた。 ぽつぽつと落ちた黒い染みが、アレではないかと疑っていた。 目立たぬながらも、延々と続くソレ。 部屋に入れば案の定、廊下を染みが連なっている。 玄関から浴室への道筋を教える、黒くて赤い、命の色。 苦情を言うべく口を開きかけ。 ぞうきんがけをする赤屍を見るより、血の雫を見つける方が心臓に良いと諦める。 |
◆ 馬車さんの非日常的日常 |
79.「もう、知らない!」 血に狂った男は、呼んでも戻って来ない。 仕事中だというのに――だからこそか、襲い来る敵を皆殺しにするつもりか。 決して死を愛好してはいない少女は、応えない同僚に癇癪を起こすことにする。 「もう、知らないから!」 一言、捨て台詞(?)を吐いて背を向ける。 荷物を手に取り『運び』始めたところで、妙に辺りがしんとしているのに気付く。 振り返ればいつの間にか、動くものは彼女と彼だけになっていた。 すっきりと満足した顔で歩み寄ってくる男は、ひとの話を聞いてもいなかったのだろう。 ただタイミングよく殺し終えただけで。 少女の呼びかけに手を止めた訳ではなくて。 「……もう、知らない」 いくら呼んでも、応えてくれないのなら。 どれだけ一緒にいても、意味が無い。 |
◆ 死神に悪意はなく |
93.「冷静になってみよう」 自分は彼の何処が気になるのだろう。 露骨にいうなら、何処が好きなのだろうか。 欠点は幾らでも思いつけるのに、美点が中々思い出せない。 というよりも、長所があるんでしょうか? 「……冷静になってみよう」 さて、何が自分の気を惹いたのだったか。 落ち着いて思い出してみれば、好きな部分は色々あるのだ。 低く甘く響くあの声とか。 非情にみえて時折やわらぐ眼差しとか。 冷たいのに優しく動く指先とか。 顔とか仕草とかその他、いろいろと。存在そのものが。 すべてが。 あばたもえくぼ、蓼食う虫も好き好きと、酷い言葉が浮かぶ。 けど、それすらもお互い様なのかもしれない。 冷静なままじゃ、恋なんてできない。 |
◆ 冷静になれない神の子供 |
お題配布先サイトさま |