願わくば花の下で 〜花五題〜 |
紫陽花 いつもなら見つけた途端に逃げ出すのだが、ぼんやりと佇む姿が珍しかった。 心ここに有らずといった様子に、興味をひかれたのかもしれない。 雷光を従える少年は好奇心に負けて、死を運ぶ神に向かってそっと問いかける。 「――何をしてるんですか?」 「紫陽花を、見ていたんです」 言葉の通り、男は紫を基調とした花群の前で立ち尽くしていた。大して驚いた様子も見せずに振り返ると、少年へと微笑む。 「紫陽花という花は、面白い。同じ品種の同じ株であってさえ、花の色が違っている」 「本当だ。不思議ですねえ」 「またの名を、七変化ともいうそうですよ」 「へええ、雪彦くん達みたい――弥勒兄弟にぴったりな花ですね」 恐らくはその花の色の変化からついた名前は、知人を思い出させた。 しかしこの死神は、そんなことを考えてはいまい。 花と死神とは――なんとも食い合わせの悪そうな組合せである。彼に花を愛でる風流な心が無いとはいわないが。 「どうしてそんなに、じっと見つめていたんですか?」 「少し考え事をしていまして――紫陽花というのは、根元に死体を埋めるには向かない花だと思っていたんです」 「し、死体ですか!?」 「知っていますか? 紫陽花は土が酸性の場合は青味を帯びた花が咲き、アルカリ性の場合は赤味を帯びた花が咲くそうです」 「はあ……」 よくわからないと顔に書いてある少年には構わず、クスと微笑みながら死神は語り続ける。脅かそうと言う意志も無い様子で、こっそり秘密を明かす楽しげな態度で。 「ここに咲く紫陽花は、今年は去年と色が違っているんです」 「――つまり?」 「死体は確かアルカリ性だったか……去年と花の色が異なるのは、土から何を吸い上げた所為なのでしょうね?」 指し示す先には、赤い紫陽花。 まるで死体から血を吸い上げたような、美しい赤紫の。 よもや紫陽花が、血を吸って色付くとは知らなかった。しかし埋めたことがバレてしまうのでは、埋葬には向かぬ花である。正直で、秘密を守ってはくれない花。ある意味では墓標に相応しいのだろうか。 支離滅裂な思考と共に、じりじりと身体が動き始める。 目敏い男が、それに気付かぬはずはなかった。 「おやおや。逃げないで下さいよ、銀次くん。別に私が死体を埋めただなんて言っていないでしょう?」 「ううううう、そればかりは信用できませ〜〜んっっ」 「本当ですよ。私がいちいち死体を埋めて歩くと思いますか?」 本業は別なのに殺し専門と言いたくなる男は、死を運んだ先の墓穴に埋めるところまで責任を持っていない。殺しっぱなし出しっぱなしの死神の言い草には、嫌な意味で説得力がある。 「…………まあ、そう言われればそうですけど」 「でも、銀次くんなら埋める手間をかけて差し上げても構いませんよ♪ さて、何の花がいいでしょうねえ?」 「うわああああんっ。そんな特別はけっこーですううううっ」 はぐらかされて泣かされるのは、いつものこと。 死神の言葉に一片の真実が混ざっているのか明らかにならぬのも、いつものことである。 |