『そのつづき』


 恐怖や困惑を乗り越えて、金色のイキモノは決死の覚悟で呼びかける。
「お願いです、俺と契約してくださいっ」
「嫌です」
「あううそんなこと言わずに〜」
 すげない即答。
 お断りされるのは、実は既に十回を越えている。
 最初はやんわりと丁寧遠まわしだった言葉も、直裁的なものに変わってきた。のは、段々と鬱陶しくなってきたからだろう。黒衣の男はどうも、本気で麒麟を迷惑がっている。
「面倒事はごめんです。そもそも――」
 憮然とした表情で、男は大仰に溜息を吐いた。蔑みを通り越して呆れきった眼差しで、金色の髪の少年を眺める。
「そういう台詞は、傍に近付いてから言うべきでしょう」
 叫んでようやく聞こえる距離の、しかも風上に立ち。
 蒼白な顔をして訴えられて、色よい返事が出来るものか。
 例えば首肯したとして、麒麟は果たして自分の前までやって来れるのか。跪いて契約を交わせるものなのか。
 己が死臭をまとっているのはわかっている。それで忌避されようが疎まれようが、何ら痛痒を感じない。自分で望み、選んだ道なのだから。
 仮にもこの世界の住人として、血を嫌う麒麟の性癖は知っている。生まれ持った性質だと言われれば仕方なく、関わりあいにならねば済む話だ。そして麒麟との契約が何を意味するかも知っている。その重要さをよくわかっているからこそ、呆れずにはいられない。
 よりにもよって、己の主人に死神を選ぶとは。
 なんと頭の悪いイキモノなのか。
「銀次くん……私が王になっても、すぐに失道して国が滅ぶとは思いませんか?」
 国が荒廃し、殺せば殺すほど感謝される妖魔がうじゃうじゃしている時勢だからこそ、男は『人間側』の端くれにひっかかっている。その自覚がある。国が安定していて殺していいモノがいなければ、代わりに多くの人間を殺して妖魔のごとく恐れられていたはずだ。
「それとも、天は私のように人殺しの好きな王を求めているんでしょうか」
 自慢じゃありませんが、私は殺戮にしか興味ありませんよ、と。
 浮かぶは凄艶なる微笑。笑うしかないコワい台詞を洒落でなく本気で言い放ちながら、男は笑顔を絶やさない。
「……違う! もう無駄に殺させたりなんてしません!」
 キッと男を睨みつけ、少年が凛々しく叫ぶ。純粋無垢な心根を持つ相手に対して、死神は冷めた表情のままだった。むしろ軽蔑の度合いは増していく。あまりの馬鹿さ加減に愛しさあまってしまいそうだ。
「……平気なんですか」
「へ?」
「ですから、そんなに近付いて大丈夫なんですか?」
「…………うっ」
 指摘され、我に返れば押し寄せる血臭にぐらぐら視界が回る。
 どうせなら契約を済ませてからと思いつつ、全身から力が抜けていく。
 近くで溜息を吐く気配がして、ふっと空気が軽くなる。呼吸が楽になった麒麟が正気を取り戻した時には、黒衣の男の姿は遠く離れていた。
「あ、あかばねさ〜んっ!」
「ご機嫌よう銀次くん。二度とお会いしないよう祈りますよ」
「俺は、あきらめませんからね〜っ!!」

 とりあえず。
 麒麟が王を得るためには、歩み寄りの意志が『互いに』必要らしい。



終?