そっと差し出されたモノを見て、赤屍はいつもの無表情で沈黙した。 プレゼント用に黄色のリボンが結ばれたスーパーの袋、の中味。 ソレを観察し、ゆっくりと唇に笑みを浮かべる――眼差しは、冷ややかなままに。 「これは何なんでしょうか、銀次くん?」 幼さの残る少年は、狼狽えながら言い訳を始めた。 |
『あなたのための日』 |
最凶最悪をうたわれる物騒な運び屋は、勤労を感謝するという日頃の仕事を思うと皮肉な日――を通り越して笑うしかない日に生まれたらしい。 ……めでたいのか、めでたくないのか。 銀次が知人であっても親しくはない(と思う)赤屍の誕生日を祝おうと考えたのは、お人好しの証明であると同時に、赤屍を怖れるが故でもある。 脳裏に浮かぶのは過日の会話。少年と死神の他愛なくも迂闊な約束だ。 銀次の誕生日を何処からか耳にしたらしい男は、お祝いだと言ってご飯をご馳走してくれた。それは少年の嗜好をよく把握した、非の打ち所ない贈り物。すっかり嬉しくなった銀次は、食後にうっかりと口走ってしまったのだ。 「赤屍さんの誕生日には、お返しをしますねっ」 「おや。では当日に請求に参ります♪」 告げた言葉は、言ってみれば社交辞令だった。少年の懐具合も死神にはバレまくっているので、いつもお礼するとか口にしては適当に流される台詞。 なのにあの日に限って死神は、少年に微笑んで貸しの返却を求めてきた。 それだけに、本気が垣間見れてコワい。 既におごってもらった以上、素知らぬ振りをした挙句にお礼の三倍返しを迫られては困る。それくらいなら、先に立って好意を示す方が無難だ。 非常に消極的な大半の理由と少しだけの好意から、銀次は頭を悩ませる。 果たして彼を喜ばせるにはどうするべきだろうか? |
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さて銀次のポケットの中には、銀色にピカピカ光るワンコイン。現行において硬貨の中で最高額を誇る、銀次にとっては滅多と手にした記憶がない大物。コレを赤屍への贈り物に費やしたと知ったら、蛮は激昂するかもしれないが……コレは、安全への投資でもあるのだ。金が無いなら、カラダで払えと迫られるのは御免だ。カラダは物理的に減らなくても、命は減る。というか死ぬ。殺されてしまう。 しかして、運び屋として名高く(仕事をしばしば脱線して趣味に走るとしても)金には全く困っていなさそうな赤屍に、何を贈ればいいのだろう。そもそも彼の好みなどまるで知らないが(見当もつかない)欲しいものはあるのだろうか。それも、手に入れても倫理的に問題なく(だから切り刻み甲斐のあるイキモノとかは却下だ!)五百円玉で入手できるモノの中で。 悩む銀次は、とりあえずスーパーの中をうろうろと散策していた。広い店内は品物に溢れていて、見ているだけでも幸せで、かつ貧乏な自分を切ない気分にしてくれる。時折目的を見失いそうになるのは、赤屍の趣味が凡人には(銀次が凡人かはさておき)計り知れないだけでなく、品物を物色する銀次がお腹を減らしているのも一因である。 自分でもらうのなら絶対に食料が良いが、赤屍の好きな食べ物なんて知らないし。 栄養摂取せずに生き延びられるイキモノはいないはずだが、さて彼は本当に生命体なのか。ちょびっと銀次は疑っている。 食品棚周辺をふらふらしている銀次は、己の趣味と相手の実益との間で悩んでいたが――ある商品の前で、ぴたりと足が止まった。 まじまじとソレを眺め、眉間に皺を寄せながら考え始める。 丁度良くも五百円(税込)で買えるソレならば、彼の役に立つ気がする。しかし喜んでもらえるかは別にしても――自分にとって、かえって危険なモノかもしれない。このプレゼントも己が身を差し出すくらいに墓穴を掘るようなものではないだろーか。けれど、コレ以外に良さそうなモノもなかったし……悩むところだ。 「――そこで、何を?」 「ひゃ、ああああああああああっっ!!」 絶妙のタイミングで背後から肩を叩かれて。 極度の緊張状態にあった銀次は、場所柄もわきまえずに絶叫した。 |
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はあ、と彼女は深く溜息を吐く。 少年は申し訳なさに、ぺこぺこ頭を下げた。 「……なにもあんな、お化けに会ったみたいな悲鳴を上げなくたって〜」 「ごめんね、夏実ちゃん。ちょっと緊張してたからさ」 笑って誤魔化す銀次の顔は、いまだに少々ひきつっている。天然少女もあえて更なるツッコミは避けるほどに、顔色が悪い。 「お返しをしなきゃって……銀ちゃん、お礼参り?」 「違うって、本当にちゃんとお礼なの!」 「そっか〜。あのひとコワいもんねっ」 お礼参り返しされそう、などと。 朗らかな笑顔の少女は、しょせんは自分に直接被害が及んだことがないせいか、どこまでも屈託が無い。銀次が余計にヘコんだのも、気付いてないのか気にしてないのか。 たまに思うのだが、あの男は明らかに格下の雑魚相手でも容赦がないが、卑弥呼やヘヴンや夏実に殺気を向けたことはない。意外と女性に親切な傾向がある……と思う。まあ突っ込むのは怖いが、一応は長所といえよう。 「本当にお礼なら、喜ばれるものとか役立つものをあげるべきだよねえ」 腕組みしながら呟く夏実も当然死神の趣味嗜好を知るよしはなく、頷く銀次と同レベルである。 「でも赤屍さんが喜ぶものってわからなくってさ……」 「死体とか」 「ぎゃ――っっ!!」 「……いや、生きてるまま差し上げないと、喜ばれないかな〜?」 間髪入れぬ夏実の答に、銀次は絶叫第二弾である。 さすがに周囲から厳しい視線が飛んだが、ほえほえ笑う天然少女とがたがた怯えるタレ銀次は意に介すことは無かった。この二人も無自覚ながらかなり傍迷惑だ。 「あ、銀ちゃんが赤屍さんと戦ったら、喜んでもらえるんじゃ?」 「それだけはイヤだアアアアア〜〜っっ」 「……そんっなに赤屍さんが怖い?」 もはや夏実の視線は哀れみを通り越して、面白がっている。 銀次は実は、楽しげに笑う夏実のコトもちょびっとコワかった。無敵の天然ウェイトレス嬢は、いつでも銀次の他愛ない相談に乗ってくれるが――彼女は常に無邪気な微笑みで、銀次の百倍無垢な笑顔で、彼を図らずして奈落へ叩き落す。確信犯じゃないのかと、密かに疑いたくなるくらいに。 「銀ちゃんは、何か案があるの〜?」 「う、ううう……コレはどうかと思ってたんだけど…………」 銀次は泣きながら、目の前の棚を指差す。ソレを見た夏実は感心した様子で大きく頷いた。 そこにある商品は、確かにあの死神にはぴったりに思えた。 |
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11月23日。 世間でいう勤労感謝の祝日は、彼にはもう少し特別な意味を持つ。 しかしその日に死神がホンキートンクに現れたのは、半ばは気まぐれだった。 仕事の合間の暇つぶしに『彼ら』と話せば面白いだろうと――ちょっとした退屈しのぎ。自分の誕生日自体はどうでもいい。だがこちらの記念日を知っているGBの反応は楽しそうだ。万年金欠病の彼らだが、紅茶の一杯くらいはご馳走してくれるかもしれない。少し脅かしておいたから。 外からみたところ喫茶店に蛮の姿は見えず、残念に思う。 しかし赤屍が喫茶店の扉を開いたとたん、いつもはタレて逃げ出す銀次がしゃちほこばって祝いの品を差し出してきたのは意外だった。わざわざ死神の到来を待っていたらしい。彼の愚かなまでの律儀さは、可愛らしくて嘲笑いたくなる。彼らの乏しい軍資金から、何を用意してくれたのか。 「あ、あの……赤屍さん。おたんじょーび、おめでとうございます」 「はい。ありがとうございます♪」 にこにこしている赤屍の微笑は、いつもより三倍は明るくも胡散臭い。先の少年の誕生日で仕掛けた遊びに、裏を読まぬ彼は見事にはまってくれたらしい。それが面白くもあり、また素直に嬉しい気もする……少しだけ。 しかし、そっと差し出されたモノを見て、さすがの赤屍も沈黙する。 というより、どう反応したものかわからなかった。 スーパーの袋に入れられ、せめてのプレゼント用なのか、よれよれの黄色いリボンが結ばれたもの。透けて見えた中味をビニール袋から取り出し、じっくりと観察しながら死神はゆっくり唇をつりあげる――眼差しは、冷ややかなままに。 「―――これは何なんでしょうか、銀次くん」 「なに……って…………」 眼の前で、幼さの残る少年は顔を引きつらせている。 予想外の反応にか、確信犯だからこその恐怖か。 二人の間に置かれているのは、手のひらに収まるサイズの小さな袋。健康食品、栄養補給などといった、ご立派な文字が躍っている『ソレ』は、いわゆるサプリメントと呼ばれる製品。 そして、中央には大きく『鉄分』という二文字。 「え、えと、鉄分のサプリメントです」 「――それは、見ればわかります」 期待したのと論点がズレた返答に、冷笑がますます深まるのが自分でもわかった。 「どうしてこれを、私に?」 「え…………だって、赤屍さんていつも鉄分足りてなさそうだし…………」 というか、いつでも必要そうというか。逆にありあまり過ぎとも考えられる。 心から素直に思ったままを応える少年からは、悪意は感じられなかった。 |
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ひょいひょいとメスやら剣やらを体内から取り出す男は、血に混じれば武器になる云々の台詞からして、血液から武器作成を行っていると思われる。 確かに血中には鉄分が含まれているが、ソレを自在に操って武器化しているのだとしたら、その度に大量の鉄を消費しているはずだ。それで貧血を起こしたり、出血多量(血液消失?)であの世へ行ったら大笑いだが――Dr.ジャッカルのそんな間抜けな伝説は嫌だが、ならば鉄分不足で苦労してるんじゃないかな〜とか。メスや剣を回収して補うにしても、それら出してる間は激しく運動(戦闘)してるだろうし、ますます貧血になりそうである。ひょっとして血色がよろしくないのも、血中の鉄分が足りずに貧血気味だからだったりしてとか。 だとしたら、鉄分サプリは必須の品だろうと、サプリメントを見た瞬間に思ったのだ。 まったくもって、余計なお世話だとは思うが。 死神を更に強化して、どうするんだとも思うが。 「……なるほど。あなたが何を考えたのかは、わかった気がします」 珍しいほど疲れたように嘆息した男は、しかし素早く立ち直って微笑んだ。 銀次としては、赤屍をやり込めたくて選んだ贈り物ではないので、えへへと笑って誤魔化しに走る。どうやらあんまり喜んでもらえなかったようで、残念である。コレにしようと思いついた瞬間は、我ながら冴えてる! と思ったのだけど。 「けれど銀次くん。この間、他ならぬあなたにメスを引きずり出されて以来、メスはチタン製に変えたと申し上げませんでしたか?」 「――――あ」 「なのに鉄分を補給しろとは、もしかして私にメスをもう一度入れ替えろという意味なのでしょうか」 「い、いえそんな……」 こちらの反応を窺うように。 だらだらと冷や汗を流しながらタレ果てた銀次を見つめ、赤屍はクスッと笑った。哀しいほど見慣れたその笑顔に気が遠くなりそうだ。ただしここで気絶しては、二度と目が覚めないかもしれない。 「……もし鉄製に入れ替えれば、あなたとの再戦でも同じ方法で負けてしまうでしょうねえ。他の方々にも攻略法が伝わる訳ですし。まさかとは思いますが、弱体化したところを狙おうとでも?」 「そんなコトは考えてません〜〜っ」 「では、どういった意図の嫌がらせですか?」 「は……ははは……」 本心から嫌がらせのつもりは無かったのだが。 どうしようもなく追い詰められ、すがるように店内を見回す。 しかしこんな時に一番頼りになる相棒は、今は不在な訳で……蛮がいないからこそ、赤屍に贈り物なんてしてられるのだが、他に死神に対抗できるような人間はいない。 怒っているのか面白がっているのかは判然としないながら、どちらでも至る結末は同じと予測。 つまるところ、死神はやりたいようにヤる気と思われる。 「――おいおい、暴れるなら他所でやってくれよ」 すわ決戦かという瞬間、絶妙のタイミングで割って入った波児の声は、残念ながら赤屍を制止するどころではなく、元凶二人はさっさと出てけと言わんばかり。 「……承知していますよ♪」 「いやだああああああああああっっ」 タレた銀は、小さい軽い捕まえやすい。 じたばたもがく銀次をすかさず捕まえると、黒衣の男はにこやかに店を後にする。 せっかくの鉄分サプリも忘れず、それ以上にそそられる品物を小脇に抱えて。 ご丁寧にも銀次の分まで精算を済ませた男は、釣りを手渡す夏実の笑顔に笑顔で応えて姿を消した。 泣き叫ぶ銀次なんて、いないかのような態度で。 贈られたモノで、存分に楽しむために。 |
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パタンと音を立てて扉がしまる。 ありがとうございましたと、薄情極まりない台詞で死神達を見送った少女は、雇い主に小首を傾げて尋ねた。 「――でもマスター、チタンにも鉄分って含まれてますよね?」 「なんだ、わかってて突っ込まなかったのか、夏実ちゃん」 「自信なかったから……赤屍さんはご存知なかったのかなあ?」 「いや、知ってたんじゃないか多分……銀次は、知らなかったみたいだが」 清々しく明後日の方向を見つめながら、波児はふっと微笑んだ。 仮にも自分の体内に泳がせようという成分を、あの死神が確認しないとは思えない。あの男の知的水準は、銀次と比べ物にならぬ高さのはずだ。つまりアレは、銀次の反応に付け込んでの確信犯ではないだろうか。 「……マスターはどうして黙ってたんですか?」 知ってたなら銀ちゃんに教えてあげればよかったのにと。 可愛らしいウェイトレスの質問に、だってジャッカルと戦うの嫌だしなぁ危険を察知したから要するに見捨てたんだよははははは。とは言えずに、しばらく沈黙した後。 「――触らぬ死神に祟りなしって言うだろう」 他に答えようも無く波児は大人の知恵を披露した。 ホンキートンクは、今日も平和である。 |
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今日はなんて良い日なんでしょう。 あなたが生まれただけの、あなたを好きだというだけの、なんて特別な日。 今日という日の幸運が、すべてがあなたのためにありますように。 あなたが好きな私からの、すべての祈りを贈りましょう。 ハッピー・バースディ! |
2005年誕生日記念。
こっそりフリー小説とか言ってみたり。
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