More important person than who


プァ――……ガタンゴトン…

――たしか、この辺りだったな…

眼鏡をかけた青年は菊の花を手に持ち、ある場所へ向かった。

青年の向かった先は墓地――そしてある墓の前で立ち止まった。
その墓の名前のところには『不二 周助』と書いてあった。

「来るのが遅くなってすまない、不二。」

青年は墓の前に菊の花を置き、手を合わせた。
そして、思い出される出来事――

□■□■□■

あの日、何か特別な事があったわけではなかった。
いつもと同じように過ぎていくはずだった。

付き合い出してから不二の家まで送っていくようになった。
途中で他の部員達と別れて、不二と二人で帰る道。
言葉や表情にはださなかったが、テニスをしている時と同じくらいその時間が好きだった。

その日もいつものように他の部員達と別れ、不二と一緒に帰る学校からの帰り道。
いつものように、雨が降る中かさをさして、少し広めの道の横断歩道を二人一緒に歩いて渡った。

その時だった。
いつもと違う゛それ"が起ったのは。

暴走していたのか、突然トラックがこっちに向かって突っ込んできた。

何が起きたのかわからなかった。

気がつくと俺は歩道の側にいて…

周りがざわめきだす。
だけど、何が起ったのかわからなくて、そんな声も俺の耳には届かなかった。

なぜならば目の前で不二が血まみれで倒れていたからだ。

「不二………。」

やっとのことで出た言葉。
それがスイッチとなり不二に近寄って、何度も呼びかけるが何の反応もない。

周りに人が集まりだす。
周りの人間はざわざわと、好き勝手な事を言っている。
まるで誰も助ける気がないように。

「…やく、……早く救急車を!!」

周りの野次馬に怒鳴った後、俺は不二を抱き起こし、また呼びかけた。

「おい、不二!目を覚ませ!!不二!!」

今まで、これほどまで取り乱した事はあっただろうか?
もし、この場に俺を知る者がいたならば、そいつは俺かどうか疑いたくなるぐらい取り乱していたと思う。

何度も何度も不二に呼びかけた。
だけど、目の前にいる愛しき人物はなんの反応もなかった。

流れる血と雨によって奪われていく体温。
段々と不二の体が冷たくなっていく事に焦りと不安を感じながら呼びかけ続けた。

何十回呼びかけたかわからないが、不二がその目をうっすらと開けた。

「不二!!気がついたのか!!」

不二が気がついたことで少しほっとした。

「……手…塚……?」

「俺はここにいる。
 それより不二、あまり喋るな!」

俺は何かを喋ろうとした不二を押しとめようとしたが不二は続けた。

「手塚は…、大……丈夫…だっ……た…の?」

「俺は大丈夫だ!
 それよりお前が!」

――どうしてこんな時に人の心配なんてしていられるんだ。
  自分が死にかけているという時に!

「……よかっ…た……。」

不二は優しく微笑み続けた。

「…てづ…かのこと、……本っ…と……に………すき……だ…よ…。
 だかっ…ら、ありが…とう。」

最後は声にならなくて、唇だけを動かし、ゆっくりとまぶたを閉じた。

「不二?」

俺の中に不安がよぎった。

間もなくして救急車が到着した。
だが不二は助からなかった。

俺は何故か涙がでなかった。
胸がつぶれるほど悲しいのに、何故か涙だけは流れなかった。

□■□■□■

後で聞いたことだが、あの時救急車が到着した時にはすでに息を引き取っていたらしい。

あの時の不安、当たってほしくなかった不安。

何もできなかった自分が悔しくて、
それを後悔するには遅すぎて…。

青年は手を下ろし、まっすぐに立った。

「あの時涙を流さなかったのは不二、お前のこと、悲しくなかったからじゃない。
 本当に悲しかったから、涙が流れなかったんだ。」

人は本当に悲しい時、涙は流さないという。
そのことを信じてはいなかったが、あの時それを知った。
知りたくもなかったこと。

一緒にいる事が当たり前で、離れてしまうなんて思ってなかった。
ましてや、離れる事がこんなにもつらいなんて思ってもいなかった。
不二は自分にとって大切な人。
誰にも代わりなんてできないぐらい大切な人。
それに気づいたのは失った後。

誰かが大切なものは失って初めて気がつくと言っていた。

――本当にそうだな…。

「どうしてだろうな。お前のこと、好きだったのにな。
 俺はお前の声を忘れてしまった。
 声だけではなく、お前が俺にだけ見せてくれる本当の笑顔さえも忘れてしまった。」

覚えているのは、いつものポーカーフェイスのような、表面だけの笑み。

青年はしばらく押し黙っていたが、顔を上げまた話し続けた。

「俺はずっとお前の最後の言葉を…その意味を考えていた。」

青年は真剣な眼差しで言った。

「お前は最後に『ありがとう』と言った。ずっとその意味がわからなかった。」

一度視線を足元に落とし、また続けた。

「俺があの時、助かったのはお前が助けてくれたからなのだろう?
 それなのに、お前は俺に『ありがとう』と言った。」

礼を言うべきはこちらなのに、と呟くように言った。

「ようやく答えに辿り着いた。お前のあの言葉の意味に。」

青年は一度言葉を切り、ため息をついた。

「それでも、礼を言うのはこちらだ…。」

青年は空を見上げた。

もし、天国というものが存在するのならば、不二は間違いなく天国にいけるだろう。
一片の曇りもない澄んだ心の持ち主なのだから…。
そして、俺を助ける為に死んだのだから。

「俺はお前に感謝している。」

命を救われた事、そんなことじゃなくて。

もし、神というものが存在するのならば、不二と出会わせてくれたことに感謝する。
俺は不二と出会わせた全てのものに感謝する。
不二が大切な人になったことに感謝する。

「…愛している。
 そして、ありがとう、周助。」

青年は少し微笑んで言った。

その時、一陣の風が吹いた。
まるで、青年の言葉に答えるかのように――

「ここには心地良い風が吹くのだな…。」

まるで、不二のように、暖かく全てを包み込むような風…

そして、青年の頬を一筋の涙が伝った。



もう

届かないところへ行ってしまったあなた

あなたの声を忘れてしまったように

届かぬこの思いを忘れ

いつかはまた

私は恋をするでしょう

あなたとは違う

別の誰かに…


けれども

それまであなたを想っていていいですか?

それまであなたを好きでいていいですか?

―END―



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