休憩室                


宝塚支部総会

H16年 5/30(日) 10:00〜11:00 宝塚市総合福祉センター機能訓練室にて開催
*H15年度 活動状況報告 及び会計報告
 定期練習会       20回 延べ参加会員数 384人
 施設訪問         46回     同上      545人
 他団体主宰行事参加 9 回     同上     131人    
 
*H16年度活動計画を承認
*H16年度の役員
  会長 今井豊彦   副会長   建部路子  会計 今井英子   監事 大西明代
  幹事 米田多津子  大橋洋子  進藤晴子  福田万千子      広報 水嶋英二 


      宝塚支部長 紹介

平成13年2月17日に宝塚支部主催で「身障者と健常者のジョイント社交ダンスパーティー」が宝塚市安倉西の宝塚市総合福祉センターで開催された。これに関連して、産経新聞から取材があり、今井支部長の紹介記事が、同新聞3月1日の地方版に掲載された。その記事を参考のため以下転載する。
 


社交ダンスを題材にした周防正行監督の映画「Shall we ダンス?」が公開されたのは、今から五年前。まぶしいほどに照らし出されたフロア。異国情緒あふれるタンゴの調べ・・・。そして、笑いあり、感動ありの人間模様が巧みに描き出され、一気に社交ダンスブームに火がついた。

 「車いすの人も踊ることのできる場を広げています。ダンスには心をリフレッシュさせ、リハビリでの効果もあると思いますね」

 身体障害者やお年寄り、あまり体力のない人も楽しめる車いすダンスを広めようと、「車いす社交ダンス普及会」(本部・東京都、黒木実馬代表)が平成7年に発足した。現在は全国71支部があり、会員数は2千人に上る。昨年8月、設立した宝塚支部は、同普及会の県内での初めての支部だ。

 「五十代になるまでダンスとは縁がなかったんです」と話す。京都府舞鶴市に生まれ、就職とともに大阪へ。妻の英子さんとの結婚を機に宝塚市に住み始めた。テニスやソフトボールと、趣味は多彩だったが、ダンスを習ったことはなかった。

 「約十年前、東京に単身赴任したんですが、通勤で通る新橋駅前にダンススタジオがあったんです。映画さながらに、サラリーマンや主婦たちが、ガラス越しに踊っている。のぞいてみたら、楽しくなってきて・・・・」と笑った。

 それ以来、さまざまなダンスの催しに出かけるうちに、車椅子社交ダンスと出合った。ボランティアのスタッフとして参加するようになり、インストラクター講習も受けた。そして昨年3月、宝塚に戻り、それまでの社交ダンスの経験をいかし、宝塚支部を立ち上げた。

 創作されるダンスのステップは、ブレーキ操作など車椅子の扱い方や、横に移動するのが難しい車いすの動きを考慮するなど、ダンスを楽しむための基盤づくりが徹底されている。身障者と健常者が手を取り合い、互いに息を合わせて動くだけでうまく踊れることを常に目指しているという。

 「参加者の楽しそうな顔を見ると安心します。ワルツのときはみなさん優雅で、表情はモナリザの微笑みのようです。機能回復に効果があったという声もあります」と目を輝かせる。「ボランティアのインストラクターを養成し西宮、神戸と支部を広げたい」。

 普及会のメンバーらが身につけたシャツには、映画のタイトルをもじって、こう書かれている。
「Shall Wheel Dance?」(車いすで踊ってみませんか)                                       (舛田 奈津子)



宝塚支部員

Q:   宝塚支部をどうしてお知りになられましたか。
Aさん:市の広報を見ていて参加してみたいなと思ったのがきっかけです。口コミで会の活動を知った方も結構おられると思います。 
Q:   練習日はどのような計画や考えで練習されているのでしょうか。
支部長:今月は何の種目をマスターするというような計画を立てて進めてはおりません。この1年間で一応全種目は練習しましたので、
     それらを忘れないように、またときどき新入りの方もありますので適宜いろいろな種目を練習しています。
     例えば来月の訪問先やイベント等の予定があれば、それに合わせた種目を練習するという具合です。
     競技ダンスを目指しているわけではありませんので、技術を磨くというより楽しむ方に力点をおいています。
Q:   あなたは社交ダンスの経験はおありですか。
Aさん:私は現在は社交ダンスサークルに入り習っています。車椅子社交ダンスは社交ダンスのステップを基本としていますので、
     ステップ自体には難しさは感じませんが、男性のステップになりますので、慣れるまでは多少 時間がかかりました。
     車椅子を動かすコツを覚えれば、曲にあわせて楽しく踊れるようになってきました。
Bさん:私は社交ダンスの経験はゼロです。障害者のボランティア活動をやっていましたので、その延長でやってみようと思いました。
     はじめはうまく踊れるのか心配したのですが、皆さんと練習しているうちに、だんだん感じがつかめるようになりました。
     社交ダンスの経験があるに越したことはないと思いますが、必要条件ではありませんネ。
Q:   車いすフォークダンスも練習されていますが・・・・。
支部長:車いすフォークダンスも普及会ではテキストが用意されています。
     フォークダンスの方が皆さんは学校時代に経験している人が多いようですし、踊り自体が覚えやすく、パートナーが次々と
     変化しますので、障害者と踊るときは、フォークダンスの方が気分が高揚するのではないかと思われます。
Aさん:スタンドの方は動きが激しく、結構汗ばみます。チェアーの方は車椅子の回転動作が意外と多いので、
     ちょっとキツイかなと思ったりします。
Q:   会員には女性が多いようですネ。
Aさん:男性は仕事があるし、退職してしまえば、若いときに経験したことでないと新しく取り組むにはかなり
    抵抗感があるのではないでしょうか。
    その点、女性はいろいろなサークル活動に出て行く経験やチャンスがあり、また慣れてもいます。 男性会員もおられますが、
    社交ダンス経験者が多いです。勿論少数派ですが全く初めての方もおられます。定年後の時間を活用しようと,
    社交ダンスもフォークダンスも全くの未経験ながら熱心に練習されております。
Q:  いままで施設訪問等の活動をされてきましたが、感想を聞かせてください。
Bさん:車椅子の方々の不自由さはいろいろですので、練習のように手を取り合って踊ることのできる人は必ずしも
     多くはありません。 そこで前で踊る人と、後ろで車椅子を動かす人と二人で相手をすることもあります。
     障害者の方も、初めは表情が硬いのですが、曲が流れリズムに乗って動き出すと、表情が和んでくるのに気が付きます。
     そういうときは こちらも嬉しくなってきます。
Cさん:私はこのような施設訪問活動は全く未経験でしたが、定年後の生活に変化やリズムを取り込
    みたいと思い車椅子社交ダンスやフォークダンスを初めようと参加しました。施設訪問も経験
    させていただき、障害者の前向きに生きる姿勢を目の当たりに見て、いに考えさせられ、また
    元気づけられました。


黒木理事長

 車椅子社交ダンスの創始者として、HPに以下のような紹介記事がありました。http://homepage2.nifty.com/teruo3/fuji&subashiri&fujigakkou/90-wheelchair-dance.htm)


 <はじめられた動機・きっかけ>
 ボランティアは高校3年生の時から始め、39歳で社交ダンスを覚えまして、42歳で インストラクターを取りました。その頃、ある先生が欧州で実施されていた車椅子ダンスを日本に紹介しました。私はボランティアと趣味を結合できると思い関心を持ったのですが、それは競技会専用の踊りで、私が目指す福祉活動とは違っていました。 
 それで自分なりのものを創ろうと思い、一般の介護用の車椅子で誰でも簡単に踊れる車椅子ダンスを系統立てて創案し、名称も車椅子社交ダンスとし、特許庁に商標登録して認められました。[登録番号:4454422(13.2.23)]
 商標登録した目的は、他人に金儲けの道具にされないためで、ボランティア活動として誰にでも無料で教えています。内容的にはブルースからワルツ・タンゴ・チャチャ・サンバまで何でも踊れます。
  平成11年6月に特定非営利活動(NPO)法人に認証されました。 
  車椅子フォークダンス(特許庁申請中)を加え、福祉関係の学生が多数参加するようになりました。・・・


車椅子社交ダンスのテキスト(ビデオ)にある曲の題名は

ブルース :リリースミー
マンボ  :ホットエバーローラ
ルンバ  :ひまわり
ジルバ  :スインギンサファリ
ワルツ  :ムーンリバー
タンゴ  : デソールタンゴ
チャチャ :愛さずにいられない
サンバ  :ラーモタナ

となっております。ダンスのリズム、長さなどいろいろ考慮されて選択されたことと思います。


車椅子HP童話その2(グリム童話 狼と7匹の子山羊より)

7匹の子山羊とお母さん山羊が森に住んでいました。お母さん山羊は食べ物を探しに家を空けることになりました。そこで子山羊に教えました。子山羊の名前はブルース、マンボ、ルンバ、ジルバ、ワルツ、タンゴ、サンバです。「もし悪い狼がきても決してドアを開けてはなりません。狼かお母さんが帰ってきたのかの違いは、自分の名前を言って、そのダンスが出来るかどうか、ドアの下からステップを見てみると分るから」と注意してから出かけていきました。 森の狼は腹ペコでした。お母さん山羊が外出したのを見ると、子山羊をだまして家に入り食べてやろうと思いました。「トントン、お母さんが帰ったよ、ドアを開けておくれ」「お母さんならダンスが踊れるはずだ。ブルースを踊ってみてよ」狼はブルースのブの字も知りませんでしたので、用事を思い出したといって帰っていきました。狼は帰るとブルースを調べてすぐに暗記し、また子山羊がいる家に戻りました。

「トントン、お母さんが帰ったよ、ドアを開けておくれ」「お母さんならブルースが踊れるはずだ。ブルースを踊ってみてよ」狼はブルースを踊りました。すると次の子山羊が「マンボを踊ってみてよ」といいました。狼はマンボについては調べておりませんでしたので、用事を思い出したといって帰っていきました。狼はダンスのことは一応全部知っておこうと子山羊の名前からルンバ、ジルバ、やワルツやタンゴやサンバなどについても調べました。そしてまた子山羊がいる家へ戻りました。

子供たちの名前のダンスをまがりなりにすべて覚えた狼は、子山羊がいうダンスのステップをすべて踏みました。そこで子山羊はお母さんに間違いないとドアを開けました。入ってきたのは狼でした。7匹の子山羊は机の下や鍋の中等に隠れましたが見つけられ、次々と狼に飲み込まれてしまいました。ただ一番チビのサンバだけが柱時計の中に隠れましたので助かりました。

お母さん山羊が戻ると家は空っぽでした。それでもブルース、マンボ、ルンバ、・・サンバと名前を呼びますと、一番チビのサンバが柱時計から出てき増した。兄さん姉さんたちが全員狼に飲み込まれたことを話しました。

お母さん山羊とチビのサンバが狼の足跡をたどっていくと、大きな鼾をかいて寝ているのを発見しました。

お母さん山羊が、ブルース、マンボ、ルンバ、・・・と次々唄ったので、狼のおなかの中の子山羊たちがそのリズムに合わせて一斉に踊りだしました。狼はおなかが痛くて耐えられなくなり、全部の子山羊を吐き出し、逃げていきました。狼のおなかから出てきたものの子山羊たちはぐったりしていました。そこでお母さん山羊は子山羊たちのために車椅子をこしらえました。それに乗せてダンスを練習しようと思いました。
お母さんとチビのサンバがスタンド役になり、兄さん、姉さん山羊の相手をしながら、車椅子で踊れるようにダンスを工夫していきました。
そのため小山羊たちは元気さを急速に回復しました。

こうして
車椅子社交ダンスがドイツで始まったそうですが・・・・。


車椅子社交ダンス童話(その1)

空が青く澄みわたり、どんぐりはぴかぴかしていて実にきれいでした。山猫はひげをピンとひねって云いました。「裁判ももう今日で三日目だぞ、いい加減に仲直りしたらどうだ。」山猫が少し心配そうに、それでも無理に威張って言いますと、どんぐり達は口々に叫びました。「いえいえ、ダメです。何と言ったって、ワルツをうまく踊れるどんぐりが一番えらいのです。ワルツはダンスの花と言われているのが何よりの証拠です。そして私がワルツを一番上手に踊れるのです。」「違います。違います。サンバを上手に踊れることが一番えらいのです。あのリズムと身体の動き、これはサンバに限ります。そしてサンバが上手なのは私なのです。」「いやそうでないよ。ダンスはペアーで踊るもので、二人の呼吸がぴったり合っていることが一番大事なのです。そして見ている人に感動を与えるのです。私たちのペアーの呼吸が一番あっており、スタイルも満点です。従って、ダンスで一番えらいのは私たちです。」「だめだだめだ。長く踊れることだよ。ダンスは姿勢を正し、健康増進のためにやるのがもともとの狙いなのだ。有酸素運動を楽しく実施する、それには長く長く踊れることだ。マラソンと同じ理屈である。これが出来るのが私なのだ。だからわたしが一番えらいのだ。」「そうでないよ。クラシックからラテンまで、どれもうまく踊れることが一番えらいのは、昔から決まっているのだ。そしてどれもうまく踊れるのは君だと昨日判事さんがおっしゃたじゃないか。だから私が一番えらいのだ。」「いや、フォークダンスだ。フォークダンスには民衆のエッセンスが・・」

もうみんながやがや言ってなにがなんだかまるで蜂の巣をつっついたようで、わけがわからなくなりました。そこで山猫が叫びました。「やかましい。ここを何とこころえる。しずまれ、しずまれ」むちをヒューパチッと鳴らしましたので、どんぐり達はやっと静まりました。「裁判ももう今日で三日目だぞ。いい加減に仲直りしたらどうだ。するとどん達は口々に言いました。「いいえダメです。何といったってワルツがうまいのが一番えらいのです」「いや、サンバです。サンバがうまい人こそ一番えらいのです」「いや、ペアーの呼吸だ。」「長く踊れることだ」「・・・・・」がやがやがやがや、もう何がなんだかわからなくなってきました。山猫が叫びました。「やかましい。裁判ももうこれで三日目だぞ。いい加減に仲直りしたらどうだ」「いえいえダメです。何といったってワルツです。」「・・・」がやがやがやがや。山猫がひげをピンとひねって言いました。「やかましい、ここを何とこころえる。しずまれしずまれ。」山猫が一郎にそっと言いました。「このとおりです。どうしたらいいでしょう。」一郎は笑ってこたえました。「そんならこういったらよいでしょう。この中でダンスをやれない人と踊る人が一番えらいのだ。ダンスをやれない人にダンスの楽しさ、面白さを伝えて一緒に踊れる人がえらいのだ。だから踊りも下手でスタイルも悪い方がむしろよいのだと。」山猫はなるほどとうなずいて、どんぐり達に申し渡しました。

「よろしい。静かにしろ。申しわたしだ。この中で一番えらいのは、ダンスを踊れない人にダンスの楽しさ、よさを伝えて一緒に踊れる者だ。踊りは下手な方がむしろよいのだ。スタイルもステップを踏むのも一番わるいのがよいのだ。」どんぐり達はシーンとしてしまいました。それはそれはシーンとしてしまいました。山猫は額の汗を拭いながら一郎の手をとりました。「どうも有り難うございました。これほどのひどい裁判をわずか一分半で片付けてくださいました。今後は名誉判事になってください。」

一郎はここで目を覚ましました。読みかけの宮沢賢治「どんぐりと山猫」が顔にかぶさっておりました。車椅子社交ダンスの練習に出かける時間となっておりました。